第三十一話 調査クエストとやりがいと目論見
――冒険者ギルドが取り扱うクエストは、多岐に渡る。
その大部分は、山や畑を荒らす害獣の駆除、失せ物・探し人の捜索、未踏地域や打ち捨てられたダンジョンの探索、預かった物品の配達、旅をする女子供の護衛などなど……といったものだが、ごくごく稀に「地元の警察組織では手に負えない盗賊団や山賊の討伐」といった荒事も持ち込まれる。
そういった討伐系のクエストを受注した冒険者が目的を達成すると、その噂を聞きつけた流しの吟遊詩人が冒険者の活躍を叙事詩に仕立てて酒場で謡い、その歌を耳にした酔漢の口を経由して、世間に広く深く浸透していった。
――叙事詩と酒場の噂話には、誇張がつきものである。
話が町全体に広まる頃には、冒険者の活躍は実際より何倍も華々しいものへと変貌していて、その荒唐無稽な物語を素直に信じて、“冒険者”という職業に『カッコいい』というイメージを抱いて憧れる者は少なくなかった。
だが、
そういった街中の噂の元になるような派手派手しい討伐クエストは相応に難易度が高く、基本的に経験と実力を兼ね備えた一級以上の冒険者にしか受注できない。
つまり、二級以下の冒険者が引き受けられるクエストは、比較的危険の少ない……言い換えれば、地味なものに限られるという事だ。
だから、噂話を真に受けて冒険者になった者の中には、実際に宛がわれるクエストの地味さにイメージとのギャップを感じて、モチベーションを失う者も少なくない――。
「……エカさんは、ロージーさんもそうなって、冒険者になるのを諦めてくれる事を狙っていたんでしょうけど」
と、そろそろ中天に差し掛かっているはずの陽の光すらほとんど届かないほどに鬱蒼と茂る森の中で、アッシュヴェルは独り言ちる。
「どうやら、その目論見は外れてしまったようですねぇ……」
そう言って苦笑いする彼の視線の先には、背を丸めて地面とにらっめっこしているロージーの姿があった。
手元にノートを広げ、地面に生えている植物やキノコの種類と特徴を書きつけている彼女の顔は興奮で紅潮し、表情は生き生きとしている。
――『チャコアール郊外の森に生息する植物の調査』。それが、初級冒険者になったロージーが初めて受注し、チャコアールの村に着いた翌朝から早速取り掛かっている“調査クエスト”の内容だ。
実は……“調査クエスト”は、冒険者の中でも特に人気が無いクエストである。
その理由は、シンプルに『地味でコスパも悪い』からだ。
する事は、森の中を歩き回り、ただただ生えている植物の種類をノートに書き写すだけ。作業内容は実に単調で、達成しなければならないと定められた確たる目的もない。
要するに――“調査クエスト”には、冒険には欠かせないスパイスとなる“やりがい”や“達成感”が希薄なのだ。
……もちろん、クエストにそういった要素を求めない冒険者も存在するが……そういう者は、代わりに“割のいい報酬”を求める。調査クエストがそうだったら、もう少し人気も出るのだろうが……あいにく、他のクエストに比べて簡単で危険が少ない調査クエストにかけられる報酬の額は、とても『割に合う』と言えるものではなかったのである。
――恐らく、ノイテンバイン伯爵から「娘のローズライトに冒険者の道を諦めさせろ」と命じられたエカチェリーテは、彼女が自発的に冒険者をやりたくなくなるように仕向ける為、あえて最もつまらなくてやりがいの無い調査クエストを引き受けるように誘導したのだろう。
(……ひょっとしたら、今回の調査クエストの発注元を辿っていったら、最終的にノイテンバイン伯爵家に繋がるのかもしれませんねぇ)
そんな事を考えてクスリと笑ったアッシュヴェルは、クエストに勤しむロージーの姿を見る。
「……ええと、これはさっき見た……アカセンゾクの花ね。あと、こっちのキノコはベニウサギダケ……ううん、カサの裏が黒いから、ムジナコロリダケの方……だったら毒キノコだよね、確か……」
汚れるのも厭わぬ様子で湿った地面へ直に膝をつき、夢中で森に生い茂った植物の観察に没頭するロージー。
その様子は、とても調査クエストをつまらなく感じて嫌々やっているようには見えない。
……ひょっとしなくても、彼女はこの上なく退屈なはずの“調査クエスト”にやりがいを感じ、実に楽しんでいるようだ。
と、
「お、お嬢様……」
夢中で植物観察に勤しんでいるロージーに、メイドのリーナがオロオロとした様子で声をかけた。
「伯爵令嬢ともあろうお方が、こんなジメジメした地面の上で四つん這いになられては、お召し物が汚れてし――」
「だーかーら、さっきから言ってるでしょ!」
ロージーは背を向けたままで、リーナの言葉を遮るように不満げな声を上げる。
「今のあたしは伯爵令嬢じゃなくて、ただの冒険者なんだってば! だから、服が汚れたって構わないの! それに、ノワーブルで暮らしてた頃はこのくらい汚れるのなんて普通だったもん。だから平気よ」
「そ、そうかもしれませんけど……」
主の反論に言い返せず、更にオロオロするリーナ。
と、彼女は、穿いていたロングスカートを膝下までたくし上げた。
「で……でしたら、私も何かお手伝いを……」
「んーん、だいじょうぶー」
リーナの申し出に対し、ロージーは顔も上げずにすげなく断る。
「これはあたしのクエストだから、あたしひとりで平気。リーナは適当に休んでていいよー」
「て、適当にって……さすがにそういう訳には……」
主のつれない返事に、更に当惑するリーナ。
……一方、
「ふふ……」
そんなふたりのやり取りを少し離れた所で見ながら、アッシュヴェルの口元は思わず綻んだ。
「ロージーさんが初めてのクエストを楽しんでいらっしゃるようで何よりです」
当人の耳に入らないようにそう呟いたアッシュヴェルは、おもむろに頭上を振り仰ぐ。
そして、木の葉の隙間から僅かに覗く青い空を見上げながら、「でも……」と少し困った様子で続けた。
「そうなると、僕がエカさんに課せられた任務を果たせなくなっちゃうんですよねぇ……。いやぁ、どうしましょう……」




