第三十話 クエスト監視人と駅馬車と経費計上
冒険者のローズライト……もとい、《《ロージー》》とメイドのリーナ、そしてクエスト監視人のアッシュヴェルは、聖クロウディア門の前にあるターミナルで乗り合いの四頭立て駅馬車に乗り、今回受注したクエストの目的地であるチャコアールの村へと向かった。
王都ファルディスからチャコアールの村までは、駅馬車で三時間ほどだ。若干のアップダウンがあったりはするものの、通る街道は王都近郊らしく石畳で舗装されており、途中で越えるアンター川にも立派で頑丈な石橋がかけられているので、道程はそう難儀なものでは無かった。
だが……、
「あ痛たたた……」
マーマレード色の夕陽の光に照らされた、ファルディスのものよりだいぶ粗末な造りのチャコアールのターミナルで乗ってきた駅馬車から下りたアッシュヴェルは、三時間の間ずっと硬い座席に座りっぱなしだったせいですっかり強張ってしまった腰を擦りながら顔を顰めた。
「だいじょうぶですか、アッシュさん……?」
彼の前に駅馬車から下りていたロージーが振り向いて、心配そうに声をかける。
彼女の問いかけに、アッシュヴェルは照れ笑いを浮かべながら、コクンと頷いた。
「あ、はい。駅馬車に乗ったのは久しぶりだったので、ちょっと体が慣れなかったみたいです」
「え、そうだったんですか?」
彼の返事を聞いて、ロージーは目を丸くする。
「駅馬車に乗らないって……じゃあ、いつもはどうやってクエストの目的地まで移動してるんですか?」
「まあ、基本は徒歩ですねぇ」
「徒歩っ?」
ロージーは、アッシュヴェルの答えを聞いて、思わず上ずった声で訊き返した。
「いや、徒歩って……馬車じゃなくても、貸し馬屋さんで馬を借りたりとかもしないんですか?」
「まあ、目的地がよっぽど遠いところだったら、さすがに馬を借りますが……」
アッシュヴェルは、少し困った様子でポリポリと頭を掻きながら、少し言いづらそうに答える。
「その……実は、近距離の移動だと経理さんがなかなか経費として認めてくれなくって……自腹になっちゃうんですよねぇ。だから、なるべく歩いてお金を使わないようにしてる次第でして……ははは」
「あ……っ」
ロージーの傍らに控えていたリーナが、虚ろな笑い混じりの彼の言葉に小さく声を漏らし、気まずげに目を逸らす。……どうやら、使用人と財務担当が「申請で上がってきた諸費用が経費に当たるか否か」を巡ってすったもんだするのは、伯爵家でも冒険者ギルドでも変わらないらしい。
一方、アッシュヴェルの答えを聞いたロージーは、何かに気付いた様子でハッとする。
「あ……という事は、今乗ってきた駅馬車の運賃も……」
「まあ……そうですねぇ」
彼女の言葉に、アッシュヴェルは応えづらそうに小さく頷いた。
「経費では下りないでしょうねぇ、多分」
そう言ったアッシュヴェルは、小さな溜息を吐きつつ、「でも……」と続ける。
「まあ、冒険者さんが乗る馬の横ならともかく、大きな駅馬車を後ろから小走りで追いかけるのは、なんか通りがかった人に変な誤解をされそうですし……」
「ま、まあ……確かにそれはそうかもしれませんけど……」
「そうなったら、ロージーさんやほかの乗客の皆さんや駅馬車の御者さんにご迷惑をかけかねませんから……これでいいんです」
そう、半ば自分自身を納得させるように言うアッシュヴェル。
だが、そんな彼の顔を見たロージーは、真剣な顔でブンブンとかぶりを振った。
「そんなの全然良くありませんって! ダメです!」
そう叫んだ彼女は、傍らのメイドに向けて鋭い声を上げる。
「リーナ! アッシュさんの運賃代を、あたしの財布からお渡しして!」
「えっ?」
主からの突然の指示に、思わずリーナは当惑の表情を浮かべた。
「どうしてお嬢様がこの男の運賃代を出さなきゃいけないんですか? 別にそんな事しなくっても――」
「いいから!」
疑問を口にするリーナに、ロージーは強い口調で言う。
主の断固とした声に「あっ、か、かしこまりました!」と慌てて頷いたリーナが、預かっていた財布の中から銀貨を数枚取り出した。
そして、とても不満げな顔をしながら、ぶっきらぼうにアッシュヴェルへ差し出す。
「……どうぞ」
「あ、い、いえ!」
それまでポカンとした顔でふたりのやり取りを見ていたアッシュヴェルは、ハッとして首を左右に振った。
「け、結構です! そんなお金を受け取る訳には……」
「せっかくお嬢様がお恵みになられたものを受け取らない……だと?」
彼が断ろうとした瞬間、リーナの顔が険しくなる。
「おのれ、なんと傲慢で無礼な男……やっぱり処さねば……」
「い、いえ! ご、傲慢とか無礼とか、そういう事ではなくてですね……」
「いいからありがたく受け取りなさい、この貧乏人ッ!」
怯え顔で理由を伝えようとするアッシュヴェルにしびれを切らしたリーナは、半ば強引に彼の手に銀貨を握らせた。
「あっ……」
と、顔を青ざめさせたアッシュヴェルの首元の辺りから、機械的な合成音声が上がる。
『――警告。監視人ナンバー009、アッシュヴェル・エヴァ―ピースの【任務監視人倫理規約】第三条一項「監視人ハ冒険者ヨリ如何ナル利益モ得ル事アタワズ」に対する違反を現認』
「ヒエェッ!」
合成音声と共に自分の首に嵌っている首輪が仄かに光りながら熱くなっていくのを感じたアッシュヴェルは、恐怖で顔を引き攣らせた。
「ちょ、ちょっと待って下さいチョーカーさんッ! い、今のは不可抗力で、決して僕の意志で受け取ったんじゃ……」
『よって、【任務監視人倫理規約】に基づき、十秒後に“倫理矯正制裁・丙”を発動。監視人は電撃に備えつつ、悔悟せよ』
「い、いえ! だから、それは誤解なんですってばギャアアアアアアア――ッ!」
抗弁する間も与えられず、チョーカーからの無情な制裁電撃を食らった哀れなクエスト監視人の悲鳴混じりの絶叫が、マーマレード色からブルーベリー色へと変わりかけたチャコアールの空に虚しく吸い込まれていったのだった……。




