第二十八話 メイドと紹介と塩対応
全ての手続きを終え、冒険者ギルドの門を出たところで立ち止まったローズライトは、自分の少し後ろを歩いていたアッシュヴェルの方へと振り返る。
「ええと……そういえば、彼女のご紹介がまだでしたわね」
そう言いながら、彼女は影のように自分に付き従っているメイド服の女を手で指し示した。
「彼女は、私の侍女のリーナです。私が子どもの頃からずっと身の回りの世話をしてくれていて、今回のクエストにも『心配だから』とついて来てくれたんです」
「あぁ……そうなんですね」
ローズライトの紹介を聞いて、彼女と同じように穏やかな笑みを浮かべたアッシュヴェルは、マントの裾で軽く拭った手をリーナに向けて差し出す。
「はじめまして、リーナさん。クエストの間、よろしくお願いいたしますね」
「……」
だが、リーナはアッシュヴェルが差し出した手を握り返す事もせず、ただ無言で冷たい目を彼に向けるだけだった。
「え、え~と……」
リーナからあからさまな敵意を向けられ、アッシュヴェルは困り顔でたじろぐ。
……と、
「リーナ、どうしたの?」
「……いえ」
訝しげにローズライトが声をかけると、彼女はようやく反応した。
「リーナにございます」
そう、無表情はそのままで、名前だけを短く告げたリーナは、アッシュヴェルに向けて僅かに頭を下げる。
結局、彼の握手には応じずじまいだった。
「もうっ、リーナ……申し訳ございません、アッシュヴェルさん」
そんな彼女の素っ気ないリアクションを見かねたローズライトが、申し訳なさそうにアッシュヴェルに謝った。
「リーナは少し人見知りが激しくって……決して悪い人ではないんだけれど……とにかく、主の私が代わりに謝罪いたします」
「あ、いや、いいんですよ。謝罪だなんてとんでもない」
貴族階級である伯爵令嬢から深々と頭を下げられた事にビックリしながら、アッシュヴェルはブンブンとかぶりを振る。
「僕は全然気にしてませんから、謝罪なんてやめて下さい。むしろ、お気を遣わせてしまってごめんなさい」
せめてもと、ローズライトよりも深く頭を下げながら、アッシュヴェルは心の中で戸惑う。
(なんというか……変わった人みたいですね。侍女の代わりに平民相手に謝ってくれる貴族さんなんて……)
「処します」
「へ……うぇえあっ?」
微かな憤怒が籠もった冷たい声が聞こえた瞬間、本能的に危機を察して体を仰け反らしたアッシュヴェルの鼻先を、殺気の籠もった銀色の光が掠めた。
さっきと同じように一瞬で鈎爪を嵌めた右腕を、今度は下から上へ振り上げたリーナは、またも攻撃が空振りした事を悟ると、悔しげに舌打ちする。
「……ちっ!」
「こら、リーナッ! あなたはまた……っ!」
一瞬遅れて侍女が何をしたのか気付いたローズライトが、慌てて彼女の腕を押さえた。
「むやみやたらに他人に暴力を振るっちゃダメだってば!」
「ですが、この男はこんな公道の真ん中で頭を下げさせるなんて恥辱をお嬢様に与えたんです。万死に値します」
「いや、そもそも、あたしが頭を下げる原因を作ったのはあなたでしょうが!」
反省の色が見えない……いや、そもそも反省する気が無いリーナに荒い口調で声を荒げたローズライトは、ふたりのやり取りをポカンと口を開けたまま見ていたアッシュヴェルにもう一度頭を下げる。
「あたしの侍女が本っ当にごめんなさいっ! どうか許してあげて下さい!」
「おのれ……一度ならず二度までもお嬢様に頭を……やはり処さないと――」
「わあああっ! ストップストップっ!」
ローズライトは、アッシュヴェルを憎々しげに睨みながら鈎爪を構えようとするリーナの身体にしがみついて、必死で押し留めた。
と、
往来のど真ん中で諍いを始めた様子の三人に気付いた通行人たちが、不審と好奇心を抱いた様子でざわつき始める。
それに気付いたローズライトが、ますます狼狽えた。
「す、すみませんっ! お騒がせしちゃってごめんなさい! 大した事じゃないので気にしないで下さい! ホントに申し訳ございませんっ!」
「あ、あの~……」
リーナにしがみついたまま、その場で三百六十度回転しながら周囲の通行人に向けて謝りまくるローズライトに、アッシュヴェルが恐る恐る声をかける。
「その……あなたが謝ると、事態がますます悪くなるような気がすごいするんですけど……」
「おのれ……一般庶民の分際で、お嬢様に頭を下げさせるとは……この場の全員、もれなく処さないと……!」
「ほ、ほらぁ~ッ!」
ローズライトにしがみつかれたまま、血走った目で周囲を睨めつけながら左手にも鈎爪を装着したリーナを見て、悪い予感が的中した事を察したアッシュヴェルは、
「言わんこっちゃない! お、落ち着いて下さい、リーナさんッ!」
と叫びながら、今にもローズライトを引きずって暴れ出しそうなリーナに跳びかかった。
そのままローズライトごと彼女の身体を抑えようとする。
……それが、逆効果だった。
「何をしているこのド変態ッ! 下郎の分際でお嬢様の身体を押し倒そうとするなんてぇっ!」
「い、いや、違いますよッ! 僕は、あなたを止めようとしているだけで……っと、うおわぁああっ!」
とんだ濡れ衣に慌てて釈明しようとしたアッシュヴェルは、更に激昂したリーナによって吹き飛ばされる。
「きゃあっ!」
その巻き添えを食う形で、リーナの身体にしがみついていたローズマリーも手を離してしまい、その場で尻餅をついた。
「痛たたた……」
尻餅をついた際に強かに打った尻を擦りながら、ローズライトは立ち上がる。
痛みで涙が滲んだ目をリーナの方に向けると――、
「処す! 処す! 処すッ!」
「わ! わわ! わわわっ! お、落ち着いて下さいリーナさ……うおわぁっ!」
悪鬼の如き形相で両手に嵌めた鈎爪を振り回すリーナと、必死に体をくねらせて彼女の猛攻を紙一重で避けまくるアッシュヴェルの姿が見えた。
「……もうっ!」
その光景に頬をぷうと膨らませたローズライトは、ローブの隠しから三十セイムほどの棒を取り出し、勢いよく縦に振る。
すると、シュコンッという音を鳴らして棒が三倍ほどの長さに伸びた。
携帯型のロッドを展開したローズライトは、その先端を暴れまわるリーナに向ける。
「やめなさいって言ってるでしょッ!」
そう、怒りに満ちた声で叫んだ彼女は、精神を集中させて聖句を唱えた。
「応うべし 大気に潜む 水の精! 寄り集まりて 轟流と為れっ!」
彼女の詠唱に合わせて、ロッドの先端の蒼い魔晶石が眩く光り、瞬く間に夥しい量の水を生じさせる。
大気中の水分を凝集する事で生成された大量の水は、ロッドの先から水流弾の形で発射され、リーナ……に襲われていたアッシュヴェルの背中に直撃した。
「……っ!」
「ぐふえぎゃああ――っ!」
黒曜石のような目を丸くしてポカンと開けるリーナの前で素っ頓狂な叫び声を上げたアッシュヴェルは、そのまま背中に受けた水流弾の圧力で十数エイム先まで吹き飛ばされたのだった……。




