第二十五話 依頼内容と依頼理由と依頼目的
「え、ええと……」
伯爵の言葉を聞いたアッシュヴェルは、当惑を隠せぬ様子で尋ねかける。
「その……おっしゃる意味が良く分からないんですけど……。普通、そこは『娘の事をこっそり手助けしてやってくれ』みたいな話になるような……」
「変だと思うかね?」
アッシュヴェルの言葉に、伯爵は些か気分を害した様子で片眉を上げた。
「確かに、娘が目指している事を肯定し応援してやるのが、親の務めというものだろう。私もそう考えている。貴族の娘に生まれた以上、越える事を許されぬ柵は確かにあるが……先ほども言ったように、あれは庶子だ。だから、貴族の枠に縛らず、あれがやりたいと思った事は好きなようにやらせてやるつもりだ」
「だったら……」
「だが、目指しているのが“冒険者”となれば、話は別だ」
パッと顔を輝かせかけるアッシュヴェルをジロリと睨んで、伯爵は厳しい声で続ける。
「冒険者はダメだ。貴族の娘としては勿論だが、そもそも女が務めるべき職業ではない」
「――伯爵さま」
首を左右に振る伯爵に、どことなく冷たい響きを帯びた声をかけたのは、エカチェリーテだった。
彼女は、その麗顔に背筋が凍りつくように凄惨な笑みを浮かべながら、伯爵に言う。
「お言葉ですが、さすがに今の発言は看過できかねますわ」
「……そうだな。ギルド長……いや、元女性冒険者だった君がいる場でする発言ではなかった。失言を詫びよう」
そう言った伯爵は、笑顔を湛えながらも、背中から昏い怒りのオーラがゆらゆらと立ち上っているのが見えんばかりのエカチェリーテに向かって、慇懃に頭を下げた。
そして、コホンとひとつ咳払いをしてから、再び口を開く。
「まあ……とにかく、私は娘に冒険者を目指す事を諦めてほしいのだ。その為に、君にも力を貸してほしい……いや、娘に力を貸さないでほしい。冒険者というものがいかに大変で割に合わないものかというのを、娘が身に染みて実感するように、な」
「……具体的に言うとね」
伯爵に目で促されたエカチェリーテが、微かに溜息を吐いてから口を開く。
「いつも初心者冒険者に対しては、“チュートリアル”として、気付かれぬようにそれとなくアドバイスしていると思うけど……今回に関しては、それを一切しないでほしいの」
「えっ?」
「つまり……中級冒険者以上の時と同じように、本来の“監視人”としての業務のみに専念してちょうだい。監視対象がどんなに困窮しようとも、手出しも口出しも不要って事ね。――分かったかしら?」
「でも、それじゃ……娘さんの身に危険が及んでしまうかも……」
「それも織り込み済みだ。むしろ、娘にはそこまで追い込まれてもらわんと困る」
当惑と躊躇が入り混じった表情を浮かべるアッシュヴェルに、伯爵が言った。
「確かに娘は賢いが、世間の現実というものをまるで知らぬ。だから、私がさんざん説得しても一向に言う事を聞かないのだろうが、実際に苦労を体験すれば、すぐに自分の限界を悟っておとなしく冒険者になる事を諦めるだろう」
「はぁ……」
伯爵の言葉に、アッシュヴェルはどこか煮え切らない表情を浮かべる。
それを見た伯爵は、つと目を眇めた。
「……何か文句でもあるのかね?」
「あっ……い、いえ、伯爵さまに文句だなんて……とんでもありません!」
伯爵の鋭い眼光に気圧され、アッシュヴェルは慌ててかぶりを振る。
それを見た伯爵は、「結構」と満足げに頷き、それからエカチェリーテの方に顔を向けた。
「……さて、私はそろそろ失礼しよう。後の事は宜しく頼む、レファリナスギルド長」
「はい。畏まりました、伯爵さま」
伯爵の言葉に頷いたエカチェリーテは、スカートの裾を払って立ち上がる。
そして、手を前で組んで恭しく一礼してから、扉の向こうに向けて声をかけた。
「バルタザール」
『はい、エカチェリーテ様』
彼女の呼びかけに、それまで執務室の外で待機していたバルタザールが即座に応じ、速やかに扉を開ける。
ドアを押さえながら恭しく一礼した執事に、エカチェリーテは指示を告げた。
「伯爵さまがお帰りになります。玄関までご案内して差し上げて」
「畏まりました」
主の指示にバルタザールは再び一礼し、「どうぞこちらへ」と伯爵を促す。
それに対し、
「うむ」
と鷹揚に応じた伯爵は、ドアの前まで歩いたところでマントを翻して振り返り、自分を見送るエカチェリーテとアッシュヴェルに頷きかけた。
「では……くれぐれも頼んだぞ、レファリナスギルド長……そして、監視人くん。良い結果になる事を期待している」
そう最後に言い残した伯爵は、再び踵を返し、バルタザールに先導されて執務室を立ち去っていった。
「……ふぅ」
伯爵の靴音が聞こえなくなったのを確認して、アッシュヴェルはそれまで詰めていた息をようやく吐いた。
そして、彼と同じように疲れた顔をしながらエグゼクティブチェアに腰を下ろして、執務机の上に置いてあったティーカップを持ち上げたギルド長へ顔を向ける。
「……エカさん」
「ん……何かしら、アッシュ」
すっかり冷めた紅茶を一口啜ってから、エカチェリーテはアッシュヴェルの呼びかけに応じた。
そんな彼女に、アッシュヴェルは胸に湧いた疑問をぶつける。
「その……何で僕だったんですか? 今回の件の担当……」
「どうしてそんな事を訊くの?」
「いや、どうしてって……」
わざとらしく首を傾げるエカチェリーテに、アッシュヴェルは当惑混じりの表情で頭をポリポリ掻きながら言った。
「僕の他にもクエスト監視人はたくさんいるのに、何でよりにもよって僕が……」
「そんなの決まってるじゃない」
アッシュヴェルの言葉に、エカチェリーテはまるで無邪気な少女のような微笑を浮かべながら答える。
「他でもない、あなたこそが一番適任だと思ったから。――だから、期待しているわよ、アッシュ」




