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その“クエスト監視人(ウォッチドッグ)”は仕事ができない  作者: 朽縄咲良
第二章 “冒険者”ローズライト・ノイテンバイン
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第二十四話 伯爵と新人冒険者と頼み

 「え……?」


 エカチェリーテの言葉を聞いたアッシュヴェルは、思わず目を丸くする。


「ノイテンバイン……伯爵……?」

「左様」


 今しがた耳にした言葉を半信半疑といった顔で反芻するアッシュヴェルに向けて頷きかけた壮年の紳士――ベサリアウグ・ラーズ・ノイテンバイン伯爵は、座っていた来客用のソファから腰を上げた。

 そして、床に膝をついた格好のままで自分を見上げるアッシュヴェルの前まで歩み寄ると、彼に向けて右手を鷹揚に差し出す。


「はじめまして。君がクエスト監視人のアッシュヴェル・エヴァーピースくんだね?」

「あっ……は、はい」


 反射的に差し伸べられた伯爵の手を握り返そうとしたアッシュヴェルだったが、その寸前で自分が両手を床についていた事を思い出し、慌ててマントの裾で手をごしごしと拭い、それからおずおずと握手に応じた。


「こ、こちらこそはじめまして……というか、あの……」

「ん?」


 アッシュヴェルの顔に怪訝な表情が浮かんでいる事に気付いた伯爵は、僅かに首を傾げながら訊き返す。


「どうかしたかね?」

「あ、いえ……なぜ、貴族さまが、わざわざ僕なんかを訪ねていらっしゃったのかなと……」

「あぁ、そういう事か」


 伯爵は、アッシュヴェルの答えに納得した様子で小さく頷き、その髪の色と同じ樫色の髭を蓄えた口元に苦笑いを浮かべた。

 そして、握手したままアッシュヴェルの体を引っ張り上げるようにして立たせた伯爵は、乱れた彼のマントを整えてやりながら言葉を継ぐ。


「先ほど、そちらのレディも言っていた通り、君にひとつ頼みたい事があるのだ」

「頼みたい事……それは一体、どんな?」


 アッシュヴェルの問いかけに小さく頷いた伯爵は、手を後ろに組みながらくるりと踵を返した。


「――レファリナスギルド長、彼に詳しい説明を頼む」

「はい、畏まりました」


 伯爵の要請に応じたエカチェリーテは、応接テーブルの上に置いてあった数枚の紙を取り上げ、アッシュヴェルに向けて差し出す。


「エヴァーピース監視人。これを」

「それは……冒険者新規登録書ですか?」


 腑に落ちぬといった顔でエカチェリーテの手から書類を受け取ったアッシュヴェルは、彼女に促されるまま新規登録書に目を通す。


「ええと……こちらのルーキーさんのお名前は……へぇ、“ローズライト・ノイテンバイン”さんとおっしゃるんで…………ん?」


 何気なく氏名欄に記された文字を読み上げたアッシュヴェルは、ふと違和感を覚えて、もう一度記された文字を見返した。

 そして、感じた既視感の正体に気付くやいなや、驚きに満ちた顔でエカチェリーテの顔を見る。


「の、ノイテンバインって……ひょっとして――」

「ああ。その通りだ」


 エカチェリーテに代わって肯定したのは、執務室の壁にかけられた絵画を見ていた伯爵だった。

 振り返った彼は、口髭を撫でつけながら、少し複雑な表情で言葉を継ぐ。


「その書類に記されている“ローズライト・()()()()・ノイテンバイン”は、私の娘だ。……と言っても庶子だが」

「あっ……」


 “庶子”とは、正妻以外の女性が生んだ子の事である。ここギアルーデシア王国では、身分の高い男性が正妻以外の女性を側室として迎える事自体は珍しくないが、その側室が生んだ子は正室が生んだ“嫡出子”とは待遇に差をつけられている。

 ……だが、


「どうして、伯爵家のご令嬢が冒険者登録を……?」


 庶子といえどもれっきとした伯爵家の令嬢が一般庶民の職業である“冒険者”を志すというのは、もう十年以上も冒険者ギルドに所属しているアッシュヴェルでも聞いた事が無い。

 ――しかも、

 不自然な点はそれだけではなかった。


「っていうか、年齢がまだ十六歳じゃないですか。これ、ひょっとしなくても冒険者登録の年齢制限に引っかかってません?」

「まあ……ね」


 アッシュヴェルの指摘に、エカチェリーテが気まずげに頷く。


「あなたの言う通り、本当だったら十八歳以上じゃないと登録できないわ。でもまあ、今回は特例って事で……」

「特例……ですか?」


 エカチェリーテの答えを聞いたアッシュヴェルは、何かを察した様子でちらりと伯爵の方を見た。


「それはやっぱり……伯爵の御令嬢だからですか?」

「いや、そうではない」


 小声で囁いたアッシュヴェルの声を耳聡く聞きつけた伯爵が、きっぱりと首を左右に振る。

 そして、小さく溜息を吐いてから言葉を継いだ。


「身分などは関係なく、娘が今すぐ冒険者になる事を強く希望したのと……その我儘を通すに値する高い才能があるからだ」

「彼女……ローズライト嬢はね」


 伯爵の言葉をエカチェリーテが引き継ぐ。


「半年前にファルディス王立魔法学院を卒業しているのよ。飛び級してね」

「えっ?」


 エカチェリーテの答えに、アッシュヴェルは驚いて目を丸くした。


「ファルディス王立魔法学院って……めちゃくちゃ名門じゃないですか! そんな学校を、飛び級して卒業……って」

「……言っておくが、それも私の娘だからなどではないぞ」


 アッシュヴェルが、何かを察した様子で自分の方をチラリと見たのに目敏く気付いた伯爵が、少しムッとした顔でかぶりを振る。


「娘が飛び級で学院を卒業できたのは、純粋に彼女の才能と努力の結果だ。私が口添えしたとか、そういった事実は一切無い。……まあ、いくらそう言っても、私が後ろで動いたからだという、嫉妬混じりの下世話な邪推は絶えぬようだがな」

「あ……すみません」


 伯爵の鋭い眼光に見据えられたアッシュヴェルは、慌てて頭を下げた。

 そんな彼に、伯爵はふっと表情を緩め、鷹揚に手を左右に振る。


「いや、別に君を責めた訳ではない。……どちらかというと、私も娘の決断には――いや、なんでもない」


 途中まで言いかけたところで思いとどまった様子で、伯爵は口を噤んだ。

 執務室の間に、気まずい沈黙が澱のように垂れ込める。


「……ええと、それで……」


 重苦しい空気に耐え兼ねた様子で、アッシュヴェルが口を開いた。


「このローズライトさんが冒険者になったのと、僕がここに呼び出されたのって、何か関係があるんですか?」

「あら、まだ分からない?」


 首を傾げるアッシュヴェルに、エカチェリーテはいたずらっぽく微笑みかける。


「アッシュ……あなたの仕事は何だったかしら?」

「え……?」


 突然の問いかけに、アッシュヴェルは戸惑いながらおずおずと答えた。


「いや……そりゃ、“クエスト監視人”ですけど、エカさんも知らないはずな……あっ」


 首を傾げかけたアッシュヴェルは、ハッとした顔をして手元の冒険者新規登録書を指さす。


「ひょっとして……ローズライトさんのクエスト監視を、僕が?」

「そう」


 アッシュヴェルの言葉に、エカチェリーテはコクンと頷いた。


「その通りよ。ローズライト嬢の初クエスト……その監視をあなたにお願いしたいの」

「はぁ……分かりました」


 頭を掻きながらエカチェリーテに頷いたアッシュヴェルは、ちらっと伯爵の顔を見てから、「でも……」と続ける。


「伯爵のご令嬢だからといって、他の冒険者さんより監視や評価を優遇はしませんし出来ませんけど……それでもいいって事ですか?」

「逆だ」

「…………えっ?」


 簡潔な伯爵の答えに、アッシュヴェルは思わず耳を疑った。


「逆……ですか?」

「ああ」


 怪訝な顔で訊き返すアッシュヴェルに、伯爵は僅かに険しい表情で頷く。


「君に頼みたいのは、娘がやる事に一切の手出しや助言をせず、冒険の苦労を嫌というほど味合わせてやってほしいという事だ。――もう二度と『冒険者になりたい』などという馬鹿げた望みを抱かぬようにな」

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