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第二十二話 報酬と使い道と尋ね人



「……おっと、いけねえ」


 

 ハッと我に返ったヴィクダールは、心配そうな目で自分の顔を見つめているアッシュヴェルに苦笑いを向けた。


「こんなに気持ちのいい晴れの日に、辛気臭ぇ気分にさせるような事を言っちまったな。悪ぃな、アッシュ」

「あ……いえ、僕は別に……」


 謝罪の言葉と共に頭を下げたヴィクダールに、慌ててかぶりを振るアッシュヴェル。

 そんな彼の反応にもう一度苦笑を漏らしたヴィクダールは、「それで……」と切り出した。


「今回のクエスト報酬はどのくらいだったんだ? 五つ星なら、結構いい稼ぎになったんだろ?」

「な、なんでそんな事訊くんですか?」

「そんなん決まってんだろ?」


 イヤな予感を覚えながらおずおずと尋ねたアッシュヴェルに、ヴィクダールはニヤリと笑みかけながら、さも当然そうに言う。


「久々の再会を祝して、なんか旨いもん奢れよ」

「やっぱり……」


 予想通りの言葉が返ってきた事に、アッシュヴェルは呆れ混じりの溜息を漏らしながら、小さく首を左右に振った。


「……ごめんなさい。実は、もうヴィクダールさんにごちそうできるほど残ってないんです」

「はぁ?」


 アッシュヴェルの答えを聞いたヴィクダールは、訝しげに語繭を上げる。


「五つ星級クエストの報酬を、もう使い切っちまったのか?」

「まあ、はい」

「一体何に使ったんだよ? まさか、変な商売女にでも貢いだとかか?」

「い、いえいえっ!」


 ヴィクダールの問いかけに、アッシュヴェルは慌てて手を左右に振った。


「お、女の人に貢いだとか……そんな事してませんよ、ヴィクダールさんじゃあるま痛ぁっ!」

「じゃあ、何に使ったって言うんだよ?」


 アッシュヴェルの頭を拳骨で小突いたヴィクダールは、もう一度訊ねる。

 ヴィクダール的には“小突いた”つもりでも、現役時代にはファルディス冒険者ギルドの中でも一番の怪力を誇っていた一級冒険者“崩地(グラウンドクラッシュ)”の一撃だ。

 痛みのあまりに涙が浮いた目を加害者(ヴィクダール)の顔に向けながら、アッシュヴェルはしぶしぶといった様子で答える。


「その……今回、やむを得ない状況だったとはいえ、僕が受任していたクエストを放棄(リタイヤ)させる形になったシュガさんたちが負った契約不履行違約金の肩代わりをしたり、今後が色々と大変そうなミフィーテ村の助けになればと思って寄付したりとか……」

「はぁ~?」


 アッシュヴェルの答えを聞いたヴィクダールは、思わず呆れ声を上げた。


「ルーキーのリタイヤなんて自己責任だろうが。何でクエスト監視人のオメエが違約金(カネ)を払ってんだよ?」

「い、いや、まあ、確かにそうなんですが……今回の件は、僕たち冒険者ギルド側の調査不足とかもありましたし……」


 ヴィクダールのツッコミに、答えに困った様子で頭を掻くアッシュヴェル。

 そんな彼を見て、ヴィクダールはますます呆れ顔になる。


「だからといって、オメエがギルドのミスを被る必要もねえだろうが……」

「すみませぇん……」

「いや、別にオメエを責めてる訳じゃねえよ」


 ヴィクダールは、叱られた子犬のようにシュンと項垂れるアッシュヴェルに辟易としながらも、「まあ、そっちはともかく……」と続けた。


「お前らをハメた村なんかに寄付してるのかが、マジで意味分からん。どうしてそんな事したんだよ、アッシュ?」

「いやぁ……」


 アッシュヴェルは、ヴィクダールの呆れ混じりの問いかけに曖昧な笑みを浮かべながら答える。


「確かに騙されましたが、僕たちを罠に嵌めたのは、あくまでも村長さんとお仲間さんの数人だけですから。それ以外の村人さんたちは、今回の計画どころか、村長さんたちがあんな生贄の儀式を執り行っていた事すら知らなかった訳ですし……」


 そう言いながら手元のトレンチャー・サンドを一口頬張ったアッシュヴェルは、もしゃもしゃと咀嚼しながら言葉を継ぐ。


「ふぇふふぁふぁ、むふぁふぃふぉふぁんふぁふぃにふぁふふぃふぁふぁ……ぶぃぶぇっ!」

「食いながら喋るな。何言ってるか分からねえよ」


 渋い顔で、ボサボサの灰色髪に覆われた脳天にチョップを軽く叩きつけるヴィクダール。

 その拍子に口の中のトレンチャー・サンドを喉に詰まらせて悶絶するアッシュヴェルに自分の水筒を差し出しながら、彼は「まぁ……」と溜息を吐いた。


「理由は大体察しはつくがな。まったく……相変わらず、ケツに“お人好し”が付くバカだな、オメエは」

「ごほごほ……そ、それ、主語が逆じゃないですか? 『頭に“バカ”が付くお人好し』の方が正しいかなぁって……」

「オメエに限っては、『ケツに“お人好し”が付くバカ』で正しいんだよ」


 アッシュヴェルのツッコミをバッサリと切り捨てたヴィクダールは、おもむろに手を伸ばし、彼が持っていたトレンチャー・サンドを巧みな手つきで千切り取る。


「あっ! ちょ、ちょっと、ヴィクダールさんっ? これ僕の……」

「ケチくせえ事言うなよ。ちょっとくらいいいだろ」

「全体の三分の二は“ちょっと”とは言いませぇんッ!」


 ほとんど根元しか残っていないトレンチャー・サンドの成れの果てを指さしながら、涙目で抗議の声を上げるアッシュヴェル。

 そんな彼を当然のように無視したヴィクダールは、千切り取ったトレンチャー・サンドを大きく開けた口の中に放り込む。

 なす術もなく、彼が満足げに口中のトレンチャー・サンドを咀嚼する様を絶望の目で見届けて、思わず「あぁ……」と絶望の呻きを上げたアッシュヴェルは、中に挟んであった具もほとんど持っていかれてしまって、単なる『甘辛いタレがほんのちょっぴり付いたバンズ』と成り下がったトレンチャー・サンドを寂しげに頬張った。

 ――と、


「……そういえば」


 ふと何かに気付いた様子で声を上げたアッシュヴェルは、指に付いたタレを舌で舐め取っているヴィクダールの横顔を見る。


「ヴィクダールさんの方こそ、どちらに行ってらっしゃったんですか?」

「ん? ワシか?」


 アッシュヴェルの問いかけに、ヴィクダールは指を濃い髭の生えた顎に当てながら答えた。


「えぇと……確か、今回は北部の……そう、ヒーカジス辺りまで、仕事(クエスト監視)でな」

「ヒーカジス……!」


 ヴィクダールの口から出た地名を聞いた瞬間、アッシュヴェルは眼鏡の奥の紅い目を一瞬だけ鋭く眇める。

 だが、それを気取られまいとするようにさりげなく眼鏡のブリッジを指で上げながら、彼は殊更に平静を装った声で「――ヴィクダールさん」と切り出した。


「つかぬ事をお伺いしますが……」


 そう言いながら、彼はベンチに立てかけていた自分の得物を指さす。


「これと同じものを持った男を見た事はありませんでしたか? 年齢は僕と同じくらいで、髪色は白に近い金髪の……」

「それと同じ……アズマ・ソードを持った男?」

「……ええ」


 『紅雪』に目を向けながら尋ねるヴィクダールに、アッシュヴェルは小さく頷いた。

 アッシュヴェルの雰囲気がさっきまでとは変わっている事を内心で訝しみつつ、ヴィクダールはかぶりを振る。


「いや。今回どころか、こんな武器(アズマ・ソード)なんて、今までオメエの『紅雪』以外に見た事がねえよ」

「……そうですか」


 ヴィクダールの答えを聞いたアッシュヴェルは、僅かに表情を曇らせながら、小さく肩を落とした。

 彼の表情と反応が気になって、思わずヴィクダールは尋ねる。


「……なんかあるのか? そのアズマ・ソードを持ってる男と」

「あ……いや」


 言い淀みながら、さりげなく目を逸らすアッシュヴェル。

 それを見てますます不審を募らせたヴィクダールは、更に問いを重ねた。


「おい、どうなんだよ、アッシュ? オメエとその――」

「――ご歓談中に失礼いたします」


 だが、ヴィクダールの声は、落ち着いた呼びかけによって遮られる。

 ふたりがハッとして目を向けると、そこには糊の効いた燕尾服をパリっと着こなした初老の男が立っていた。

 その姿を見たアッシュヴェルが、驚きを隠せない様子で男の名を呼ぶ。


「バルタザールさん……どうしたんですか、こんな所に?」

「エヴァーピース様」


 アッシュヴェルの問いかけに慇懃に頭を下げたギルド長付き執事・バルタザールは、そのハシバミ色の目を鋭くさせながら続けた。


「直ちに冒険者ギルドへお出で下さい。ギルド長……エカチェリーテ様がお呼びです」

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