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第二十一話 公園とトレンチャー・サンドと監視人

 ――寂れた()温泉町のミフィーテで()()()()()()騒動が起こってから二週間後。


「んふふは~ん……♪」


 ファルディスの住人たちの間で最近流行っている小唄をいささか外れたテンポで口ずさみながら、アッシュヴェルは公園のベンチに腰を下ろす。


「今日もいい天気ですねぇ~」


 と、穏やかな昼下がりの日差しと心地よい初夏の風を浴びながら独り言ちたアッシュヴェルは、マントの隠しから紙包みをひとつ取り出した。


「さて……」


 ぺろりと舌なめずりをした彼は、じんわりと油が滲んだ包装紙を剥がしにかかる。

 粗い雑紙(ざつがみ)に包まれていたのは――腸詰肉と葉野菜を細長いバンズで挟んだ携帯食だった。

 “トレンチャー・サンド”と名付けられたこの携帯食は、七年前に代替わりした今の国王が精力的に推し進める“王都拡張計画”のせいで、わざわざ食堂で食事を摂る事もできないほどに忙しい土木労働者の間で最近生まれた新しい食べ物である。

 貴族階級や富裕層からは「食べ方が汚い」と蔑まれ、「卑賎な食べ物」と敬遠されているが、汗を流して働く肉体労働者たちには、立ったままでも歩きながらでも食事を済ませられる手軽さが重宝されていた。

 ――もちろん、人気の理由はそれだけではない。

 味付けに使われる濃いめの甘辛ソースも、絶大なる支持を得ている一因だ。


「うふふ……」


 包装紙を剥がしたトレンチャー・サンドから仄かに立ち上る湯気の香りを嗅いだアッシュヴェルは、満足げな笑みを漏らす。

 その瞬間にたまたま通りすがった散歩中の老人が、彼の顔を見るやギョッとした表情を浮かべ、足早に彼の前を通り過ぎていった。

 だが、アッシュヴェルは気付かず、両手で持ったトレンチャー・サンドにかぶりついた。


「はむ……はむ…………う~ん、美味しくってヤ~バ~い~っ♪」


 じっくりと咀嚼して、パリパリに焼いたバンズと腸詰肉から溢れ出した肉汁と甘辛いソースの風味をたっぷりと味わったアッシュヴェルは、頬っぺたに手を当てながら、まるで年若い乙女のような嬌声を上げる。


「ね~、おかあさん。あそこにへんしつしゃがいるよ~」

「……しっ! 指さしちゃいけません!」


 小道を歩いていた子連れの母親が、無邪気な声と共にアッシュヴェルを指さす子どもを小声で窘めながら回れ右し、彼が座っているベンチから急いで距離を取った。

 奇声を聞きつけた公園中の人々からの視線が一斉にベンチのアッシュヴェルへ集まるが、彼はそれでも一向に気付かぬ様子で、もう一口トレンチャー・サンドを頬張る。


「むま……むま……うん」


 至福の表情で味を堪能していたアッシュヴェルは、おもむろに「あ、そうだ……」と呟くと、マントの隠しに手を突っ込み、小さな瓶を取り出した。


「このままでも十分に美味しいですけど……ここに甘味を足したら、更にデリシャスになるんじゃないでしょうか……」


 名案を思い付いた顔でそう独り言ちながら、彼はトレンチャー・サンドに向けて小瓶を傾ける。

 小瓶の口から粘度の高い黄金色の液体が垂れ落ち――


「――おいおい、せっかくの旨い食い(モン)をテメエの終わってる味覚で台無しにするんじゃねえよ、この舌バカが」


 ――る寸前、雷鳴のような低い声と共に伸びてきた大きな手がそれを妨げた。

 眼鏡の奥の紅い目をパチクリと(しばた)かせながら、声の主を見上げたアッシュヴェルの口元が綻ぶ。


「あぁ、お久しぶりです、ヴィクダールさん。お元気そうで何よりです」

「おめえもな、アッシュ」


 親しげに声をかけるアッシュヴェルに大きく頷き返したのは、二エイム(メートル)を超える巨躯の壮年男だった。

 男――“クエスト監視人ナンバー012”ヴィクダール・アメイディンは、日に焼けて真っ黒になった顔に豪快な笑みを浮かべながら、同僚(アッシュヴェル)の隣にどっかりと腰を下ろす。

 そして、呆れた様子でアッシュヴェルが持っているトレンチャー・サンドを指さした。


「つーかよぉ、いくら旨いからって、なんでそんなしみったれたメシを食ってんだよ? 今のおめえの懐具合なら、もっといいモンをいくらでも食えるだろうが」


 そう言うと、ヴィクダールは僅かに声を抑えて続ける。


「聞いたぜ。この前のミフィーテ村の一件。監視対象の初級冒険者(ルーキー)に代わって、おめえが五つ星クエストをこなしたんだろ? ()()()()()()()()

「あ……ええ、まあ」


 ヴィクダールの問いかけに、はにかみ笑いを浮かべながら頭を掻くアッシュヴェル。

 それを見たヴィクダールは、顎に生えた無精髭を指で撫でながら大きく頷いた。


「失級になったとはいえ、腕は全く衰えちゃいねえようだな、“嵐雹(ヘイルストーム)”」

「……その二つ名で呼ぶのはやめて下さいよ――“崩地(グラウンドクラッシュ)”さん」

「……おめえ、ツラに似合わず性格悪いよな」


 アッシュヴェルの言葉に、ヴィクダールは不機嫌げに顔を顰める。

 予想外の反応に、アッシュヴェルはオロオロしながら慌てて頭を下げた。


「す、すみませんっ! ほ、ほんの軽口のつもりで……ヴィクダールさんをそんな風に傷つけるつもりじゃ……」

「クハハハハッ!」


 狼狽するアッシュヴェルの様子に堪らず吹き出したヴィクダールは、右手をひらひらと左右に振ってみせる。


「こっちの方こそ冗談だよ、ジョーダン! 別に気にしちゃいねえから安心しろ、アッシュ!」


 そう言いながら、アッシュヴェルの背中を乱暴にバンバンと叩くヴィクダール。

 ……と、


「……まあ」


 アッシュヴェルの背中を叩く手を止めたヴィクダールは、ふっと寂しげな表情を浮かべる。


「正直なところ、羨ましくは思うけどな。すぐに“クエスト監視人”から“冒険者”に戻れるおめえの事がよ」

「ヴィクダールさん……」

「なにせ――」


 そう言いながらヴィクダールは右手を曲げ、


「ワシは、もう冒険者に戻りたくても戻れねえからよ。――この左腕を失くしちまった時点でな」


 と、左肩の先――何も無い(くう)を愛おしげに撫でるのだった。

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