第二十話 クエスト監視人とギルド長と関係
――と、
「……お取り込み中、失礼いたします」
控えめなノックと落ち着いた声掛けの後で執務室の中に入ってきたのは、糊の効いた燕尾服を着た初老の男だった。
居合わせたアッシュヴェルとアニエスに向けて、オールバックに整えた白髪頭を慇懃に下げてから、初老の男――ギルド長付きの執事であるバルタザール・オイラーは、主であるエカチェリーテに用件を告げる。
「エカチェリーテ様、アルノルド伯爵と御令嬢が御出でになられました」
「あら、いけない。もうそんな時間?」
バルタザールの言葉を聞いたエカチェリーテは、少し驚いた様子で声を上げ、目で時計を探す。
そんな彼女の声に対し、バルタザールは即座に燕尾服の内ポケットから取り出した鎖時計で現時刻を確認し、それから小さくかぶりを振った。
「……いいえ。お約束の時間より三十分は早いかと」
そう答えた彼は、藍色の瞳で主の顔を窺う。
「いかがいたしましょう。面会予定の時刻になるまでお待ち頂きますか?」
「……大貴族様相手に、そういう訳にもいかないでしょう」
バルタザールの問いかけに諦め顔で溜息を吐いたエカチェリーテは、執務机の上に乗っていたアッシュヴェルの報告書を引き出しにしまい、鍵をかけた。
そして、ウェーブのかかった長い金髪を指で軽く整えながら立ち上がると、アッシュヴェルたちに紫瞳を向ける。
「ふたりとも、報告ご苦労様でした。せっかちな伯爵閣下のお相手をしなくちゃいけなくなったから、これで私は失礼しますね」
「あ、はい。かしこまりました、ギルド長様」
アニエスは、エカチェリーテの言葉に慌てて頭を下げた。
アッシュヴェルも、苦笑いを浮かべながら頷く。
「お疲れ様です、エカさ――」
そう言いかけたところでハッとした表情を浮かべた彼は、慌てて言い直した。
「あ……じゃなくて、その……レファリナスギルド長」
「ふ……」
アッシュヴェルの言葉を聞いたエカチェリーテは、ほんの一瞬だけ少し寂しそうな顔をしたが、すぐに元通りの無表情に戻すと、小さく頷く。
「あなたの方こそ、お疲れ様。……エヴァーピース監視人」
涼やかな声でアッシュヴェルを労った彼女は、そのまま執務室を出ていこうとしたが、ドアの前で立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
そして、アッシュヴェルの顔をじっと見ながら、再び声をかける。
「少しの間だけど、今はゆっくりと体を休めて下さい。……多分、貴方にお願いする次の任務は、少し大変なものになると思うから」
「え、ええっ?」
エカチェリーテの意味深な言葉に、アッシュヴェルは眼鏡の奥で目を丸くした。
「な、なんですかそれ? めちゃくちゃ不吉な響きを感じるんですけどッ?」
「そんな事無いわよ」
「いや、『そんな事無いわよ』じゃなくって! あなたの言う『少し』が本当に少しだった試しが無いんですから! い、一体何を押し付けられるんですか、僕っ?」
「その内分かるわ。楽しみに待っててね」
「いや、不安しかないんですけど! あ、ちょっと待って! もっと詳しく教え――!」
顔面を引き攣らせながら、慌てて引き止めようと声を上げるアッシュヴェルだったが、エカチェリーテは聞こえないかのようにそのまま踵を返す。
彼から見えなくなったところで僅かに口元を緩めた彼女は、そのまま振り返る事無く、ヒールの音だけを残して颯爽と部屋から出ていった。
「はぁ~……」
自分たちに向かって深々と頭を下げたバルタザールによって閉められたドアを呆然と見つめながら、アッシュヴェルは深々と溜息を吐き、がくりと肩を落とす。
「エカさんがああ言うからには、絶対ロクでもない任務ですよ、絶対……。うわぁ、嫌だなぁ……」
「……あの、アッシュヴェルさん」
頭を抱えながら、絶望の表情でブツブツと呟き始めるアッシュヴェルに、アニエスがおずおずと声をかけた。
「前から気になってたんですけど……アッシュヴェルさんとギルド長様って、どういうご関係なんですか?」
「え?」
アニエスの問いかけに、アッシュヴェルはキョトンとした様子で顔を上げる。
そんな彼に、彼女は「あ、いえ……」と少し躊躇いがちに続けた。
「なぜかギルド長様は今みたいに隠そうとなさいますけど、おふたりって結構親しそうじゃないですか。だから、どんな間柄なのか、ちょっと気になって……」
「あぁ……」
アニエスの言葉に苦笑を浮かべながら、アッシュヴェルは答える。
「エカさ……ギルド長とは、彼女が現役だった頃からの知り合いです。一時は他の仲間たちと一緒にパーティーを組んでいた事もありましたよ」
「ギルド長様が冒険者だった頃……」
アッシュヴェルの答えを聞いたアニエスは、たちまち目を輝かせた。
「それって……ギルド長様が『旋炎』って呼ばれていた頃ですか?」
「あぁ、いや、それはもっと後ですね……」
と、彼女の問いかけに、アッシュヴェルは首を横に振る。
「僕とギルド長が一緒にパーティーを組んでたのは、彼女が冒険者になってまだ間もない頃です。その頃の僕は二級冒険者で、他にメンバーがふたりいて……」
そこまで言いかけたところで、不意にアッシュベルは口を噤んだ。
「……アッシュヴェルさん?」
「あ……すみません、アニエスさん」
不自然に話が途切れた事に怪訝な表情を浮かべるアニエスに、アッシュベルは困り笑いを浮かべながら頭を下げる。
「その話は……ここらへんでおしまいにして下さい」
「え……?」
「お願いします」
「あ……」
穏やかな口調ながら、アッシュヴェルの声に強い拒絶の意思が含まれているのを敏感に感じたアニエスは、少し気圧されつつ、コクンと頷いた。
「分かりました……立ち入った事を訊いてしまったようで、ごめんなさい……」
「あ、いえ……」
シュンとしながら謝るアニエスを前にして、アッシュヴェルは慌てた様子で首を左右に振る。
「別に、アニエスさんの事を責めている訳ではないので、お気になさらないで下さい。……こちらこそ、質問にお答えしなくて、申し訳ございません」
そう謝り返したアッシュヴェルは、憂いの色を乗せた目を静かに伏せたのだった。




