第十九話 村長とクエストと真の目的
「あ、そういえば――」
と、気にかかっていた事を思い出したアッシュヴェルは、ゲラウの退会届を受け取って彼らの前から辞去しようとしていたアニエスに声をかけた。
「今回の件……背景に何があったのか分かりましたか?」
「ミフィーテ村の事ですね……」
アッシュヴェルの問いかけに、アニエスは困り笑いを浮かべる。
「私は単なる受付嬢ですから、噂程度の内容しか……。多分、ギルド長の方がお詳しいかと」
「……まあね」
アニエスの言葉に、灰を落とした細巻き葉巻を再び口に咥えたエカチェリーテが小さく頷いた。
「……と言っても、捜査しているヴロリア郡の警兵隊からの又聞きになるけど。情報はいくつか入ってきてるわ。……どうやら、今回の件は、ミフィーテ村の村長をはじめとした村人数人の企みだったみたいね」
「あの村長さんが……」
額の広い初老の男の姿を思い浮かべながら、アッシュヴェルは表情を曇らせる。いかにも片田舎の村の長といった人の好さそうな男だったが、その柔和な表情の裏で冷酷に計画を巡らせていたとは……。
「『人は見かけによらない』とは、良く言ったものですね……」
「……」
暗い顔を俯かせるアッシュヴェルを気遣うようにチラリと見てから、エカチェリーテは話を続ける。
「あの村には、数百年も昔から独自の宗教が根付いていたらしいわ。シガンクアとかいう邪神を崇め奉る邪教がね。その正体は神様なんかじゃなくて、長い時間を生きて異常に成長した“アシッドオオガエル”だった訳だけど」
皮肉げに言ったエカチェリーテは、つと柳眉を顰めた。
「……その邪教で長年にわたって慣例的に行われていたのが、『若い人間を供物として捧げる』……いわゆる“生贄の儀式”ってやつね」
「うわぁ、趣味悪ぅ……」
エカチェリーテの話を聞いたアニエスが、思わず顔を歪めながら、嫌悪に満ちた声を漏らす。
そんな彼女に向けて、エカチェリーテは小さくかぶりを振った。
「人類と文明が進歩した今の感覚だとその通りだけど、昔はそうじゃなかったの。天変地異みたいな困った事が起こるのは、神様が怒ってるから。だから、そういう不幸が起こらないように、お供えをして神様の機嫌を取ってあげなきゃいけないって、本気で信じてたのよ」
「その“お供え”というのが、ミフィーテ村では“若い人間”だった……」
「……そういう事」
アニエスの呟きに頷いたエカチェリーテは、「もっとも……」と続ける。
「その生贄の儀式の事を代々伝えていたのは、村の中の限られた家だけだったらしいわ。ほとんどの村人は、自分たちの信じる宗教がそんなおぞましい儀式を行なっていたなんて知らなかったみたい。……今回の件が明るみに出るまでは」
「……」
「儀式を執り行うのは十年に一度。初めの内は、村の中の若い人を……村が温泉で賑わうようになってからは、湯治に訪れた観光客で適当な若者をこっそり攫ってきては、あの祠の下の地底湖に投げ落としてたらしいわ。――『シガンクア様に捧げる供物』としてね」
「その供物たちの成れの果てが……あの無数の骸骨だったという事ですね……」
薄暗い地底湖の岸に点々と真っ白な骸骨が転がる異様な光景を思い出しながら、アッシュヴェルは小さく息を吐いた。
吸いかけの細葉巻を灰皿に押し付けて火を消したエカチェリーテは、肺に残った最後の紫煙を細く吐き出してから話を続ける。
「……そんな状況が変わったのが、十八年前の大地震。被害は軽かったけど、その数少ない被害の中に、“生贄の儀式”の事を知る人間のほとんどが含まれてしまっていた。――単なる偶然なのか、本物の神様がバチを当てたのかは分からないけどね」
「……っ」
「いずれにせよ、そのせいで“生贄の儀式”の風習が村から一度消えた。……本来なら、それで『めでたしめでたし』になるはずだったんだけど……」
そう言うと、エカチェリーテは溜息を吐いた。
「地震の後、村の生命線である温泉が枯れてしまったの。恐らく、地下の水脈が変わっちゃったんでしょうね。でも、迷信深くて……かつて行われていた“生贄の儀式”の事も知っている数少ない人間だった村長は、そうは考えなかった」
「あっ……」
――『……今思えば、それがシガンクア様の逆鱗に触れてしまったのでしょう』
アッシュヴェルの脳裏に、ミフィーテ村の集会所で聞いた村長の話が蘇る。
「温泉が枯れたのは、自分たちが供物を捧げなくなった事に“シガンクア様”が怒っているから……そう考えてしまったんですね」
「多分ね」
アッシュヴェルの言葉に、エカチェリーテは苦い顔で頷いた。
「……だから、彼は一度は絶えた“生贄の儀式”をもう一度行う事にしたの。でも、無理だった」
「無理だった……?」
「さっきも言ったでしょ。『生贄は若い人間』だって」
「あっ……!」
村を訪れた時の光景を思い出したアッシュヴェルは、ハッとする。
「そういえば……あの村にはお年寄りしかいませんでした。五十代の村長さんが最年少だって……」
「五十代で最年少ですか?」
アッシュヴェルの言葉を聞いたアニエスが、ビックリして目を丸くした。
「なんでそこまで高齢化が……?」
「温泉が枯れたからよ」
アニエスの疑問に、エカチェリーテが答える。
「元々温泉とそれに伴う観光業だけで生きてきた村だったから、頼みの温泉が枯れてしまったら仕事自体が無くなってしまったの。だから、若い人はみんな家族を連れて他の場所に引っ越していってしまって、村に残ったのは老人だけ」
「あぁ……なるほど」
「ならば、湯治に訪れる若い人間を……って思っても、温泉が枯れたせいで観光客が全然来なくなってしまったから、それも叶わない……」
「そっか……」
腑に落ちたという顔で、アニエスがポンと手を叩いた。
「だから、ウチのギルドに“供物運搬”のクエストを発注したんですね。冒険者という若い人間を村まで呼び寄せる為に……」
「そういう魂胆だったんでしょうねぇ」
アニエスに頷きながら、アッシュヴェルは苦笑する。
「村長さんも上手い事考えましたよね。神様に捧げる供物をゲットできる上に、その供物は自分で儀式の場まで歩いて行ってくれるから、わざわざ自分たちが運ぶ必要も無い訳ですから」
「そうね……。実際、村長の目論見通りに事は運んでたしね。……途中までは」
溜息を吐きながら同意したエカチェリーテは、アッシュヴェルの顔を見ながら、口の端を僅かに緩めた。
「彼にとって不幸……そして、冒険者ギルドにとっては幸運だったのは……クエストを受けた初級冒険者に付いていたクエスト監視人が、元“特級冒険者”の“失級冒険者”だったって事ね……ふふふ」




