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その“クエスト監視人(ウォッチドッグ)”は仕事ができない  作者: 朽縄咲良
第一章 “監視人”アッシュヴェル・エヴァーピース
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第十七話 報告とクエスト監視人とギルド長

 ――それから十日後、王都ファルディス。


「……ふぅん」


 と、鼻にかかった声を漏らしながら、“ファルディス冒険者ギルド”の建物の一番奥にあって一番重要な部屋――ギルド長執務室の豪奢なエグゼブティブチェアに腰かけて数枚の書類に目を通し終えた妙齢の美女が、執務机の向こうに直立不動で立っている灰髪の男に紫色の瞳を向けた。


「――今回のクエストの経緯は、この報告書に書かれた内容通りで間違いないのね?」

「は、ハイッ!」


 磨き抜かれた紫水晶の如き美しくも鋭い目を向けられた長身の男――クエスト監視人アッシュヴェルは、彼女の問いかけにビクリと体を戦慄かせつつ、緊張を帯びた声で答える。


「し、しかと間違いございませんッ! 出来る限り正確な記述を心掛けました! 信じて下さい、エカさ……エカチェリーテさ……じゃなくて、ギルド長様!」

「ふふ、エカチェリーテで……いえ、以前(まえ)みたいに“エカ”でいいわよ」


 (ふる)くからの知己である自分に対しても、肩書に従った慇懃な態度で接しようとするアッシュヴェルの生真面目さに思わず苦笑しながら、執務机の美女――“ファルディス冒険者ギルド長”エカチェリーテ・レファリナスは、おもむろに相好を崩した。


「その代わり、私も昔通りに貴方を“アッシュ”って呼ぶから。……確かに、他人の目があるところじゃ色々とアレだけど、執務室の中(ここ)でくらいなら良いでしょ?」

「では……」


 少し砕けた口調でのエカチェリーテの問いかけに、アッシュヴェルも表情を緩める。


「お言葉に甘えますね、ギルド長……もとい、()()()()

「ええ、それでいいわ」


 彼の返事を聞いたエカチェリーテは、嬉しそうに顔を綻ばせた。

 恐らく、今の彼女の顔を他のギルド職員が見たら、皆一様に驚いて目を疑うことだろう。

 なぜなら、普段のエカチェリーテは、周囲から秘かに『氷の白磁人形(ビスクドール)』と揶揄されるほどに、どことなく冷たい印象を与える女だったからである。

 その美しい顔容(かんばせ)に感情を乗せる事は滅多になく、周りの人間に対する態度は常に冷静……むしろ“冷徹”と言って良いほどで、口さがない冒険者などは「あれじゃあ、嫁の貰い手なんかとても現れねえよ」と陰口を叩いているほどだ。

 ――だが、それは全て、“ファルディス冒険者ギルド長”という重責を背負い、その職務を恙無く果たす為なのである。

 そんなエカチェリーテが、『氷の白磁人形(ビスクドール)』の仮面を束の間脱いで、自分の前では本来の姿を見せてくれている事に安堵と胸の痛みを同時に感じつつ、アッシュヴェルは穏やかに微笑んだ。


「それにしても……」


 執務机の向こうでアッシュヴェルがそんな思いを抱いているとは気付かず、エカチェリーテは額に落ちた金色の髪を指で漉き上げてから、もう一度報告書に目を落とす。


「今回のクエスト監視は、随分と大変だったみたいね」

「ええ、まあ……」


 エカチェリーテの言葉に、アッシュヴェルは困り笑いを浮かべながら頭を掻いた。


「いやぁ、単なる運搬クエストかと思っていたら、あんな大きなカエルさんが出てくるんですから。さすがにねぇ……」

「“五つ星”級……確かに、初級冒険者(ルーキー)ふたりだけじゃ荷が勝ちすぎるわね……」


 と、アッシュヴェルの言葉に小さく頷いたエカチェリーテは、机に頬杖をついて、彼に微笑みかける。


「たとえ一級冒険者でも、単独じゃ討伐に手こずる“五つ星”が出た場に貴方が居合わせてくれて良かったわ。その初級冒険者(ルーキー)たちは、随分と運が良かったわね」

「いやぁ……初めてのクエストであんなのと出くわしちゃう時点で、だいぶアンラッキーだと思うんですけど……」


 エカチェリーテの言葉に、アッシュヴェルは頬を引き攣らせながらツッコんだ。

 それに対し、「まあ、それは確かにね……」と頷いた彼女は、ふと整った柳眉を顰める。


「で……その新人たち……特に、大蛙の化け物に呑まれた方は無事だったのかしら?」

「あぁ、ゲラウさんですか」


 彼女に訊ねられたアッシュヴェルは、表情を曇らせた。


「幸い、呑み込まれてからそんなに時間が経たないうちにカエルさんの胃の中から助け出せたのですが、残念ながら……」

「……! まさか、死ん……」

「……ええ」


 僅かに上ずったエカチェリーテの問いかけに、アッシュヴェルは沈痛な表情で頷き、言葉を継ぐ。


「おなくなりになりました……」

「そんな……」

「――()()()

「……は?」


 暗い声で紡がれたアッシュヴェルの答えを聞いたエカチェリーテは、キョトンとした表情を浮かべて、目をパチクリさせた。

 そんな彼女の表情にも気付かぬ様子で、アッシュヴェルは心から気の毒そうな顔をして言葉を継ぐ。


「どうやら、カエルさんに頭から吞み込まれていたのが、頭皮に悪かったようで……。僕が助け出した時には、ゲラウさんの頭髪はきれいさっぱり溶け落ちて、それはそれは綺麗なスキンヘッドに……」


 そこで一旦間を置いた彼は、自信満々のドヤ顔をしながら「つまり――」と続けた。


「『怪我無かったけど、()()無くなりました』――という事で……ブフフッ!」

「……」

「……」

「…………」

「……失礼しました……」


 爆笑しかけたアッシュヴェルだったが、執務机から飛んできた『氷の白磁人形(ビスクドール)』の二つ名に違わぬ冷たい視線に耐え兼ねて、長身を縮こまらせるように深々と頭を下げたのだった……。

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