第十三話 クエストと難易度と再設定
「そんな……げ、ゲラウさんが……わ、わあああ――むぐぅ……っ!」
泣き喚いていたゲラウの巨体を、大蛙があっさりと口の中に吞み込んだのを見てパニックに陥ったシュガが、悲鳴に近い声を上げかけるが、すかさずアッシュヴェルが彼の口を手で塞いだ。
「……お静かに!」
と、恐怖で小刻みに震えるシュガの耳元に囁いたアッシュヴェルは、彼の口を塞いだまま、半ば引きずるようにして大蛙から死角になる岩の陰に身を潜める。
「……落ち着いて、シュガさん」
岩から慎重に顔を出して、眼鏡の奥の紅い瞳で大蛙の様子を注意深く観察しながら、アッシュヴェルは潜めた声で続けた。
「安心して下さい。ゲラウさんは、まだ大丈夫です。蛙の胃液は強力ですが、すぐには消化されません。早急にゲラウさんをカエルさんの腹から出せれば、溶かされる前に助けられるはずです」
「そ、そうですか! ……って」
アッシュヴェルの言葉に希望を見出しかけたシュガだったが、ふと疑問が湧き、震える指で大蛙の腹を指さした。
「あのカエルの腹からゲラウさんを出すって……ど、どうやって?」
「まあ……カエルさんに『吐き出して下さい』って頼む訳にもいきませんから、力ずくで引きずり出すしかないですねぇ」
「ち、力ずくで……って、ひょっとして、俺がですか?」
苦笑交じりで冗談めかしたアッシュヴェルの答えに恐る恐る訊き返したシュガは、彼がコクンと頷いたのを見るや、慌てて首を左右に激しく振った。
「い、いや、無理ですって! 俺なんかじゃ、あんな化け物相手に全然敵いません! さ、さっきのゲラウさんの二の舞になるのがオチですよ……」
「……そういえば、シュガさんは今回が初めてのクエストだったんでしたね」
すっかり怯えた様子でぶるぶると身を震わせているシュガを見ながら、アッシュヴェルは残念そうに頷く。
「さすがに、初陣の方にはちょっと荷が重いかもですね……」
そう呟いたアッシュヴェルは、腰に提げていた剣――アズマ・ソードに左手を添えた。
シュガは、そんなアッシュヴェルの仕草を見て、恐る恐る尋ねる。
「あの……何を……?」
「そりゃあ――もちろん」
アッシュヴェルは、アズマ・ソードの柄に右手を伸ばしながら、シュガの問いかけにあっさりと答えた。
「僕が、シュガさんの代わりにあのカエルさんを――」
――だが、その時、
アッシュヴェルの答えを遮るように、彼の首に嵌められたチョーカーが青白く光り始め、無機質な合成音声を発する。
『警告。監視人ナンバー009、アッシュヴェル・エヴァーピースが企図している行動は、【任務監視人倫理規約】第三条一項「監視対象ト任務ニ対スル過剰ナ介入及ビ干渉ヲ行ウベカラズ」に抵触する可能性がある。職域を超える行動は看過できない。自重せよ』
「あーもうっ!」
冷たい響きの首輪の警告に、アッシュヴェルは思わず苛立ちの声を上げた。
「クエストへの介入とか干渉とか……もう、そういう悠長な事を言っている状況じゃないんですよ! モタモタしてたら、僕やシュガさんもカエルさんに食べられちゃいますし、ゲラウさんはお腹の中で溶かされちゃうんですよ! だから――」
『否定。未だクエストは進行中である。監視人は、与えられた職務を全うする事を最優先に行動せよ』
「もうっ! だから、クエストがどうのとか言ってる場合じゃないんですって!」
頑なな人工音声に業を煮やしたアッシュヴェルは、自分の首に巻きつくチョーカーを引っ張りながら声を荒げる。
「まったく……相変わらずお固いですねぇ、あなたは!」
『――否定。我の材質は柔らかい子牛の革である。硬いというのは監視人の誤認。訂正を求む』
「だーっ! 『材質が硬い』んじゃなくって、『頭が固い』って言ってるんです!」
『否定。我に頭部は存在しない』
「そうじゃなくって比喩表現っ! ……って、ひょっとしてわざとボケてます?」
チョーカーの返答に思わずツッコミを入れたアッシュヴェルは、小さく舌打ちをしてから、再び話しかけた。
「――じゃあ、クエスト監視人ナンバー009、アッシュヴェル・エヴァーピースとして要請します! 今クエストの状況変化を鑑みた上での困難度の再評価と、必要であれば星付けの変更をお願いします!」
『了解。監視人ナンバー009、アッシュヴェル・エヴァーピースの要請を受領した。暫時待て』
「なる早でお願いします!」
恐る恐る岩陰から様子を窺いながら、アッシュヴェルは潜めた声でチョーカーを急かす。
「カエルさんが、次のおかずを探し始めてるようなので……」
岩の向こうの大蛙は、ゲロゲロと喉を鳴らしながら、目を首をゆっくりと周囲へ巡らせていた。明らかに、アッシュヴェルとシュガの姿を探している様子だ。
『――再評価完了』
チカチカと瞬きながら沈黙していたチョーカーが再び無機質な合成音声を発したのは、それから数十秒後。
その声を一日千秋の思いで待っていたアッシュヴェルは、逸る声で問いかける。
「どうですか? 再評価の結果は?」
『状況の変化を鑑みた結果、今クエストの種別を「運搬」から「害獣駆除」に再設定。根拠は――』
「あ、緊急時なんで、根拠の提示とかは省略で! とりあえず、再評価後の星がいくつになったのかだけ教えて下さい!」
『……了解』
アッシュヴェルに遮られたチョーカーは、少しだけ間を置いてから続けた。
『再評価の結果、当ミッションを“ふたつ星”から“五つ星”へと更新』
「えぇ? 五つ星ですかぁ?」
チョーカーの回答を聞いたアッシュヴェルは、焦り声を上げる。
「いや、それじゃちょっと困ります……再評価の再評価をして頂いて、できればもうひとつ星を増やしてほしいんですが……」
『拒否。クエスト困難度評価のやり直しや星の後付けは、著しい状況の変化が見られない限り受け付けない。今回の結果を享受せよ』
「……もう! 相変わらず融通が利かないなぁ……」
懇願をあっさりと取り下げられたアッシュヴェルは、不満げに口を尖らせた。
そして、小さく息を吐くと、それまでポカンとした顔でアッシュヴェルとチョーカーのやり取りを見ていたシュガの方に顔を向ける。
そして、ボサボサの髪を指で掻きながら、少し気まずそうに声をかけた。
「あのぉ……シュガさん」
「は、はい。何でしょう……?」
「これは、指示とか強制ではなく、あくまで提案なんですが……」
真っ直ぐな目でシュガの顔を見据えながら、アッシュヴェルは“提案”を告げる。
「クエスト監視人として、あなた方に今回のクエストの放棄を強くお勧めいたします」




