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わたしさえいなければ、完璧な王太子だそうです。  作者: ふらり
番外編

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ディルニアスの求婚 3-4

 それからディルニアスは、ヴァイオレットに対してますます過保護になった。人脈づくりのお茶会も、友人関係も徹底的に口を出し、マリーベル公爵夫人との折衷案でライアンの妹のダイアナを遊び友達とすることは許可した。

 しかしディルニアスが紹介したことを後悔するほど、ヴァイオレットはダイアナに懐いた。

 公爵家の人々も、ディルニアスも、大きく口を開けて笑いながら、ダイアナと手を繋いで裸足で庭を歩くヴァイオレットを、呆然と見つめた。


「ああ、そうだよな」


 ディルニアスはこの時初めて、彼女とヴァイオレットが全くの同一ではないのだと気が付いた。

 髪が蛇ではないとか、見上げるような大きさではないとか、瞳が金色ではないとか、そういったことではなくて、彼女があんなに大きく口を開けて笑うなんてディルニアスは見たことがない。

 ヴァイオレットは彼女ではないのだ、と気が付いた。

 同時に。

 ヴァイオレットはやはり彼女なのだ、と確信した。

 そうだ、彼女は言っていたではないか。


『自分の足で歩きたいわ。土を踏みしめて歩きたいの、雨を降らせるのではなく雨に濡れて、風を起こすのではなく風に吹かれて、炎の温度を感じたいわ。それに、恋もしてみたい。結婚式もしたいわね』


 彼女の「恋をしたい」「結婚式をしたい」と言っていた夢を叶えることだけに必死になっていたが、彼女の望みは他にもあったのだ。

 ディルニアスは小さく舌打ちをした。

 忘れていた自分に憤りを覚えた。

 彼女の夢を叶えるのは自分の役目なのに、とダイアナに怒りと妬みを覚えた。

 何度も何度も生まれ変わったディルニアスの数多の人生の中で、初めて自分と彼女以外の人間を意識した瞬間だった。

 この時から、ダイアナにとっては全く有り難くないことに、ディルニアスは無意識にダイアナを「敵対者(ライバル)」として意識するようになった。


 それまでのディルニアスは、「彼女ならこれを好むだろう」と過去の彼女を想像しながらヴァイオレットに尽くしていた。

 だがそれからは、ヴァイオレットの行動を、表情の動きを、瞳の輝きをじっと観察するように注意して、ヴァイオレットの好き嫌いを知ろうとした。

 ヴァイオレットは幼いながらも、第三者の前では口端を小さく上げるだけの淑女の微笑みを浮かべていた。

 ダイアナと遊ぶ時は、笑顔で、時々大きく口を開けて声をあげて笑っていた。

 ディルニアスと居る時は、綻ぶように笑ってくれた。

 自分だけに見せてくれる笑顔が、ディルニアスはとても嬉しかった。けれども、自分の前では声をあげて笑ってくれないな、と不満でもあった。


「ねえ、ヴィ? 私の前では声をあげて、大きく口を開けて笑ってくれないの?」


 ディルニアスは、自分の想いを率直に口にしたが、そう言った途端に、ヴァイオレットは顔を赤くして俯いてしまった。

 意味が分からず首を傾げたディルニアスであったが、ライアンに質問しても同じように首を傾げられた。


「お兄さま分からないの? え? 殿下も分かっていらっしゃらないの? 信じられない! おんなごころじゃない! ヴァイオレットさまは、殿下が大好きだから、少しでもおしとやかに見えるようにされているのよ!」


 七歳のダイアナに呆れられた十八歳のディルニアスと二十歳のライアンであった。

 

 ディルニアスにとって、相手からの好意や厚意などは煩わしいものでしかなかった。そんなものを欲しいと思ったことはなかった。正直に言ってしまえば、ヴァイオレットからの好意というものも考えたことはなかった。

 傍にいてくれればそれで良い、と思っていた。

 もしも、他に好きな人が出来たと自分の元を去るようであれば、相手を殺してヴァイオレットを幽閉してしまえば良い、と考えていた。

 だから、ヴァイオレットが自分をどう思っているかなんて、どうでも良かったのだ。

 だが、ライアンからダイアナの言葉を伝え聞いて、ディルニアスの胸に灯りがぽっと点いたような、ふんわりと軽くなったような、やけに心臓の鼓動が響くような、そんな不思議な感覚を覚えた。「殿下が大好きだから」という言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返された。

 自分はどうしたのだろう? とディルニアスはよく分からなかった。


 だけどそれから、ディルニアスはヴァイオレットを「可愛い」と思うようになった。

 ディルニアスは美醜を気にしたことはない。いや、分からないと言った方が正しいだろう。世界には、彼女か彼女以外しかないのだから、ならば彼女が可愛らしく、美しいのは当然という基準で理論であった。

 例えばもしも、彼女が世間から醜いと言われる容姿であったのならば、それは世間の感覚がおかしいのである。


 可愛いヴァイオレットが、より可愛くなるものを贈ろう。

 可愛いヴァイオレットを、可愛いと称え、伝えよう。

 可愛いヴァイオレットを傷つける者には、容赦なく反撃しよう。


 ディルニアスはそう思うようになり、そう行動した。

 彼女の為、ではなく、ヴァイオレットの為、と考えるようになった。

 ディルニアスの中では大きな変化だったが、傍から見れば今までと変わらない行動であったので、誰もディルニアスの内面の変化には気が付かなかった。


「ヴィ、今日はとても良い天気だね! こんな日に勉強なんて嫌にならないかい? こっそりと抜け出して、散歩にでも行かないか?」

「ディー、お勉強は大事なことよ?」


 六歳のヴァイオレットは、困った子供に言い聞かせるように言った。


「大事? どうして? 私はヴィと過ごす時間以上に大事なことなんてないのに!」


 十九歳のディルニアスは、ヴィは自分よりも勉強の方が大事なのかと臍を曲げた。


「だから、じゃない。わたしは、ディーとずっと一緒にいるためにお勉強をしているのよ?」

「……一緒にいる為? ずっと?」

「ええ、そうよ。それに、ディーを助けたいもの」

「…………そうか、そうか!」


 ディルニアスは歓喜した。

 そのままヴァイオレットの腰を掴み、高く掲げ上げて、くるくると回った。


「ディー、わたしはもう、小さな子供じゃないのよ」

「そうか! ヴィは私とずっと一緒にいたいのか! 私を助けてくれるのか!」


 ヴァイオレットの言葉にも耳を貸さず、周囲の侍女や護衛たちが呆れ、驚き見守る中で、ディルニアスは嬉しくて堪らないと、ヴァイオレットを抱えあげながら踊るようにくるくるとくるくると何度も回った。

 ヴァイオレットは諦めて抱えあげられていたが、ディルニアスが余りにも嬉しそうに、幸福そうに声をあげて笑うものだから、何だかヴァイオレットも嬉しくなってしまって、声をあげて、口を大きく開けて笑い、そうして、その笑顔を見て、ディルニアスはますます嬉しくなって、お互いに笑いながら回った。


 ディルニアスは、ヴァイオレットの好意など、思惑など、どうでも良いと思っていた。

 もしも自分を毛嫌いしても、幽閉して、自分の傍に置いておけば良いことだ、と考えていた。

 だが、ヴァイオレット自身がディルニアスの傍に居たいと言い、その為に勉強をして努力をして、「完璧だから」と良くも悪くも誰もが遠巻きにしているディルニアスを助けたい、と言ってくれた。

 ディルニアスは、自分を「孤独(一人)」だと思ったことはなかった。

 寂しいと感じたことはなかった。

 けれども。


 嬉しかった。


 ディルニアスは、ヴァイオレットの言葉がとても嬉しかった。


「じゃあ、私と一緒に勉強しよう! だって、私を助けてくれるのなら、助けてもらう私が教えるのが一番だろう?」


 ディルニアスの謎の理屈で、ヴァイオレットの家庭教師の一人となり、ヴァイオレットに会う回数が増えて、ディルニアスは上機嫌になった。


「仕事の調整はどうするんですか!」

「こんな時の為に、昔から私の指示がなくても自分の采配で動ける人物たちに声をかけてきたんだ」

「確かに、要所以外は独断で動ける変わり者が多いですが」


 こんな時、と言うのが、婚約者との逢瀬の為なのか、とライアンは頭痛を覚えた。自分も、その変わり者の中の一人なのだが、自覚はない。

 とにかく、かなり上機嫌なディルニアスに何を言っても無駄だな、とライアンは早々に諦めた。

 しかし、ディルニアスの上機嫌はそう長くは続かなかった。

 それは、ディルニアスの何気ない一言。


「ヴィは、ダイアナと本当に楽しそうに遊ぶね」


 無自覚な嫉妬からの一言であった。


「ダイアナが大好きだから、すごく楽しいの」


 わたしに紹介してくれてありがとう、と嬉しそうに笑うヴァイオレットの返事に、ディルニアスは衝撃を受けて何も言えなかった。口角を何とか上げて、笑みの形を作るのが精一杯だった。

 時間を戻せるのならば、絶対に紹介しないのに、と心の底から後悔した。ディルニアスは、何度も生まれ変わってからは初めて後悔という気持ちを知った。

 そうして。


 ……自分はヴィから「好き」と言われたことがないのでは?


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