51 魔沙鬼
「バカなこと言ってんじゃない!」
筑波の本部に対応を聞いた猟介に篠島課長の怒声が返ってきた。
「キミたちは患者を保護して治療するために行ってるんだぞ? そんなことは行政に任せておけ!」
言われてみればそのとおりだ。
このまま災害ボランティアやらせておいたら、この患者は治療が遅れて死んでしまうかもしれないじゃないか。
このところAMPSによる死者が少なかったから、つい気がゆるんで木蓮の言葉に乗ってしまった。何やってんだ。樋山さんから任されたのに——。
「治療するぞ。金吾! 悟! 水の少ない方へ誘導しろ。木蓮、スタンバイ!」
猟助が捕獲銃を構えたところへ、新たな脅威が飛び込んできた。
「ギンゴオオオオオオ!」
バシャアアアッ!
どこかのビルの屋上からだろうか、突然筋肉の化け物が上から降ってきて激しく水しぶきをあげた。
左腕の肘から先が二股に分かれて2本ある。
「魔沙鬼か!?」
猟助が驚いた。左腕の肘にもう1本右手の肘から先が生えている。
あのちぎった腕を取り込んでしまったのか?
「こいつぁ、本格的なバケモンだな。」
魔沙鬼は車を放り投げていた筋肉男に襲いかかった。
その動きにもはや以前の魔沙鬼のようなキレはない。無骨な力任せの攻撃だった。
「ゴガアアアアアアッ! ギンゴォォォオオオオ!!」
魔沙鬼は金吾にこだわっている?
デュエルゲームでの敗北が魔沙鬼の引き金なのか?
魔沙鬼はこの筋肉爆発したボランティア患者を金吾だと勘違いしているようだった。
「応援! 応援はよこせませんか? もう一体現れた! 魔沙鬼です!」
猟助は筑波の本部に悲鳴のような連絡を入れた。
ここにはKチームの3人しか戦闘員がいないのだ。2体もの筋肉の化け物を止めるのは無理があり過ぎる。しかも1体はあの魔沙鬼なのだ。
せめてあと2人射撃手がほしい。
連絡を受けた篠島も、しかし打つ手が思いつかない。
ヘリは2機とも現場に行ってしまっている。呼び戻して再び戦闘員を乗せて現場に行くまでには30分以上はかかるだろう。
しかし現場は1分1秒を争っている。
敵はあの魔沙鬼なのだ。いくら木蓮がいるといっても4人だけで対処するのは危険すぎる。
「その患者は諦めろ‥‥」
そう言おうとしたとき、頭上でヘリの音がした。
篠島が窓から見上げると、ヘリの側面に見慣れたTV局のマークが見える。この災害状況を上空から取材しているのだろう。
ひらめいた篠島は急いでスマホをタップした。
「佐々木山さん! 今うちの上空を飛んでいるおたくのヘリを貸してくれ! 渋谷の現場に戦闘員を2名乗せていってほしいんだ!」
「篠島さん。今まで非協力的だったのに、それ言いますかぁ? そんな急に言われてもこっちだってニュースの‥‥」
「今度施設内での撮影させてやるから!」
「うほっ!」
「15分で射撃手が2人行く! それまでは無理をするな!」
篠島からその連絡があったとき。Kチームの面々は一人の女性の懇願を受けていた。
「あの人を助けてください! あの人は車から出られなくなっていたわたしを助けるために、ハルクになってドアを引きちぎってくれたんです! あの人はヒーローなんです! 怪物なんかじゃない!」
泣きながら女性が訴える「あの人」は今、圧倒的な魔沙鬼の力の前に押しつぶされ、水に顔を押しつけられながら抵抗していた。
「ゴアアア‥‥ガボッ‥‥ゴォボボッ‥‥!」
「くそったりゃあああ!」
バシャバシャと金吾が魔沙鬼に向かって走り出した。
「金吾!」
木蓮が叫んで金吾のあとを追いかける。
濡れた白衣が引っかかって邪魔だ。木蓮は白衣を脱ぎ捨てた。薄いTシャツの下でたわわな胸が揺れる。
「金吾ぉ——!」
一瞬躊躇したのち、悟も走り出した。
走りながら悟は考える。この水の中ではステップによるフェイントは効かない。俺は、何をすれば‥‥?
猟助は銃を構えるが、撃つ場所がない。
どこに撃っても魔沙鬼を固定できない。下はあふれたままの水なのだ。下手をすれば「あの人」と魔沙鬼をくっつけてしまいかねない。
頭‥‥‥
魔沙鬼の頭を撃てば‥‥‥魔沙鬼を止められるだろう。
しかし、それをやれば魔沙鬼は呼吸ができなくなる。それは‥‥‥殺人ではないか?
猟助の銃口が彷徨った。




