43 クランクイン前夜
「どうも、どうも、どうも。夜分にすみませんねぇ。」
ヘラヘラと軽い感じの笑いを浮かべた男が『プロデューサー・演出家 佐々木山阿麗』と書かれた名刺を差し出した。
「これは、これは。隊長さんは美人さんだぁ! このまま出演していただいても絵になりますなあ。どうです? 今度一杯。」
「寄生生物課長です。それにそんな暇はありません。」
篠島課長はいつもの冷たい顔で、にべもない。
「手っ取り早くお願いします。いつ出動があるかわかりませんので。」
「おお! その出動に同行させていただいてもいいですか? やはり現場のナマの迫力というものに触れることは作品の出来栄えを良くしますからね!」
「危険ですのでご遠慮ください。」
篠島課長は冷たい顔のままピシリと言う。
「ではお言葉に甘えまして、遠慮しながら。」
日本語通じないのか? こいつ‥‥‥。
さすがの木蓮も言葉が出ずに呆然としている。
「ああ、こちらはあの有名な脚本家の味湯羅宅魔さんです。」
佐々木山が得意そうに傍らの暗い顔をした男を紹介するが、「あの有名な」と言われても、ここにいるメンバーは誰も知らない。
味湯羅と紹介された脚本家は、愛想もなにもなくぼそりと「よろしく」とつぶやくように言っただけで名刺を差し出した。
付き合いにくそうな人たち‥‥‥と光太郎は思う。
「ああ、こちらが『先生』と呼ばれるあの白衣のカッコいい方ですね? 動画でははっきりとはわかりませんが、お顔の雰囲気が似てらっしゃる。」
「はあ‥‥」
光太郎はリアクションに困る。
「メインヒーローの『先生』役には西園寺怜苑を想定しています。演技はイマイチですが、やっぱり主役には人気のあるイケメンを使わないとね。」
そう言って佐々木山はちらっと光太郎を見た。
悪かったね、イケメンじゃなくて。
だいたい光太郎は西園寺怜苑というチャラチャラしたアイドル系俳優が嫌いだ。
あいつがオレの役やんのかよ?
「そちらのお嬢さんは、もしかして『ピンク』さんかなぁ? いやいや紅一点、こちらも美人さんですねぇ。それだけ美人さんなのになんでヘルメットなんかかぶってるんです?」
そう言われて、木蓮が少し頬を染める。
「頭部を守るためです。」
篠島課長が腕組みをしたまま、びしりと言う。
が、佐々木山のしゃべりは途絶えない。
「いやいや、いいなあ。これは絵になるぞ。ねえ、味湯羅くん? ピンクがヘルメットを脱いで、はらりと髪を振る。いやいやいや、ねえ? あ、なんならキミ、特別出演します?」
「え?」と木蓮が顔を輝かせたところに、すかさず篠島課長が釘を刺す。
「彼女はまだ高校生です。ドラマに出してやるとか言って、個人的な関係を持ったりしないように。」
ピシリ!
「あ、いや‥‥。そ、そんなことは‥‥‥。あ、そうだ。味湯羅くんも何か聞きたいことは? 私ばっかり聞いてるから。」
聞いてるんじゃなくて、それ、あんたが一方的にしゃべってるだけだろ?
振られた味湯羅宅魔という脚本家が、暗い顔のままで、ぼそり、とつぶやいた。
「何か、困ってることは‥‥?」
「人手が足りないです。」
光太郎がそう答える。
「けっこうハードワークです。」
「はあ‥‥‥」
「そ‥‥そのへんはあまりリアルに描かなくて‥‥。やってみたいなー、と思わせるようにカッコよく描いていただければ‥‥。」
一緒についてきた鍛冶室長がようやくという感じで口を挟んだ。室長の思惑としては、ドラマを機に志望者を増やして人手を増やしたいのだ。
「そうか‥‥‥なるほど。見た目のカッコよさとは裏腹に、隊員たちには人知れぬ苦労が‥‥‥。うふ‥‥うふふふふへへへ‥‥‥。面白くなりそうだ‥‥‥」
「おい、味湯羅くん。あまり辛気臭い話にするなよ? こちらのピンクさんみたいにコミカ‥‥溌剌とした活気のある話に仕立ててくれよ?」
「だぁいじょーぶです。活気のある話、得意です‥‥。」
ほんとかよ?
この脚本家のまわりには、さっきからずっとどす黒いおどろなオーラが渦巻いてるんだけど‥‥‥?
その場にいる全員がそう思った時、アラームがけたたましく鳴った。
『筋肉爆発の患者出現の通報。池袋方面。通報映像ではかなり強力で巨大な個体のもよう。DチームとKチーム合同での出動を要請。』
オペレーションルームからの館内放送が響く。
「お! ラッキーだ!」
佐々木山が叫んだ。
「危険です。同行は認めません!」
篠島課長が厳しい表情で言う。
「いや許可する。その代わり何があっても自己責任だ!」
「室長!」
篠島課長が悲鳴に近い声を上げたが、鍛冶室長はにやりと笑った表情で篠島の抗議を抑えた。
「いい機会だ。実際の現場を見てもらえ。」
佐々木山が両手の親指を立てて見せた。
「がってんだぁ!」




