35 ウイルス?
金吾の体は回復していた。
一旦はぶよぶよになってから痩せ細った体には筋肉が戻ってきて、デュエルゲームに出かけていた頃ほどではないがいい体つきになってきている。
政府がAMPSの存在を世間に発表してからも、金吾は一般病棟に移されることなくこの施設の中に留め置かれていた。
「長森さん。本当に1匹も残ってないんですか?」
篠島あかりが長森にそう聞いてきた。
「少なくとも私が触る感じでは、あれは自前の筋肉です。しかし、言われるように回復が早すぎます。研究室の方では何か出たりしないんですか?」
「今のところ、何も出ない。PMに取り憑かれたことで何らかの遺伝子レベルの変化があったのかも、という疑いは研究者たちは持ってるようだが‥‥。もともとの遺伝子サンプルがないから比較のしようがない。だいたい他の患者たちは皆回復に手間取っているのに、なぜ彼だけが‥‥‥?」
Eアラームが鳴って、捕獲部隊員たちがバタバタと装備を手に走ってゆく。
「あ〜〜〜〜!!」
篠島が両手で頭を抱え込んだ。
「人員が足りない! 本庁はなんでもう少し何とかしてくれないんだ? ストレスでツブれるぞ?」
「そう1人で抱え込まないで。肩の力を抜いて。」
長森が娘でも見るような目で篠島を見た。一応、篠島の方が上司ではあるのだが。
「背中でもほぐしましょうか?」
「いや。いい。ありがとう。」
篠島はそのまま研究室の方に足早に歩き出した。
(どうせなら長森さんじゃなくって‥‥‥あ〜? 何考えてんだ、わたし? 疲れてるな。)
親にも連絡がいっていないらしいことは、なんとなく他のスタッフたちの会話から推測がついたが、金吾はあまり気にしていない。
親にも友達(そう呼べるなら‥‥だが)にもあまり会いたくはない。
だいたい、デュエルゲームに参加していたことや筋肉の化け物みたいになったことをどう説明していいかわからないし、親にあれこれ聞かれるのもめんどくさい。
ちょうどいい。
くらいに金吾は思っている。
「RNA?」
篠島の聞き返しに研究員の浅倉が小さくうなずいた。
「あー、その‥‥‥。まだはっきりした話ではないんですが‥‥‥」
この浅黒い顔の男は人付き合いはあまり得意な方ではなさそうだったが、着想がちょっと他人とは違うところがある。
それが篠島がこのやや暗い雰囲気の研究員に一目置いている理由だった。
手術で切った途端に崩壊するなら、切るのは患者の正常な組織の方にすればいい——という、倫理的には飛躍した提案をしてきたのも浅倉である。
「あの紗枝内という患者から昨日採取した血液サンプルの中に、人間のものとは明らかに違うRNAが検出されたんです。」
相変わらず聞き取りにくいしゃべり方だ。
RNAとは人体の場合DNAから転写される短い核酸で、遺伝子であるDNAよりも不安定で壊れやすい。
細胞内で様々なタンパク質を作る鋳型のような役割を果たしたり、遺伝情報の発現を調整したりと生命にとって不可欠な各種の働きをしている活性的な核酸だ。
ウイルスにはRNAしか持たないものも多く、最初の生命はRNAワールドで生きていたとも言われている。
「ウイルスか何かに感染しているってことか?」
「まだ何もわかりません。どのような働きをしているのかも。ただ‥‥‥」
浅倉は伏し目がちのまま、もごもごといった感じで話し続けた。
「もう1人の患者以外からは今のところ検出できません。」
「もう1人とは?」
「小林悟という少年です。最近保護され、治療を受けた中学生です。」
ああ、あのサッカー少年か——と篠島は顔を思い浮かべた。
そもそも樋山クンに能力があることの発見に至ったキッカケとなった少年だ。やはり回復が他の患者に比べて早い。
「聞き取りは?」
「それは私の仕事ではありません。」
あ〜〜〜〜! これだからよ!
ほんと、この組織には偏ってない人材はいないのかよ。
篠島は自分自身も偏っていることには気がついていない。
まあ、偏りとはそんなものかもしれないのだが。
「こんにっちわ——♪」
そんなところに素っ頓狂な声で挨拶しながら、木蓮がIDカードをふり回しながら入ってきた。
「あれえ? どうしたんですかぁ、あかりさん?」
こいつも〜〜〜。
この距離感のなさは何なんだ? わたしは一応上司だぞ?
引きつった顔のまま、なんとかハラになりそうな言葉は呑み込んで篠島は一応大人として聞く。
「学校は? 高校は卒業する条件のはずだぞ?」
「ダイジョーブでぇっす! わたし頭いいから。」
はあ。とひとつ聞こえるようにため息をついてから、あかりは木蓮についてくるように言った。
「患者に聞き取りをするから、一緒に来てくれ。」




