33 治療する側
政府の会見があってから、光太郎たちは忙しくなった。
次々と新しい患者が送り込まれてくる中で、治療ができるのは今のところ長森先生と光太郎の2人だけなのだ。
光太郎が最初に妙な筋肉の動きを見つけて気になっていた中学生、小林悟も送り込まれた患者の中にいた。
その小林悟少年は、このままサッカーができなくなるんじゃないかという不安に駆られているようだった。それがどうも自分への嫌悪になって向けられているらしい——と感じて、光太郎は少しヘコむ気分だ。
命を救ってやったんだぞ? と言いたいが、「患者は精神的に不安定になっている人が多いから」とネガティブな感情は顔に出さないように長森先生から釘を刺されている。
たしかに‥‥。給料が高い理由もわかるな‥‥と光太郎は思う。
特殊能力に対する対価というのもあるんだろうが、なんか‥‥全然感謝されない仕事って、めっちゃメンタルに悪い。
「久しぶりに美味いものでも食いに行こうか。」
患者の搬送が一段落したとき、長森先生が光太郎に声をかけてきた。
「あの中華料理屋に英気を養いに行こう。」
「いいっすね‥‥。」
光太郎は答えるが、なんとなく元気がない。
「いらっしゃいまっさぁーい。」
相変わらずのヘンな日本語に迎えられて席に座ると、漂っている美味しそうな匂いに、ほうっと肩の力が抜ける。
なんだか異常な世界から日常に帰ってきたような感じだ。
「そういえば、整骨院の方は大丈夫なんですか?」
光太郎は政府発表があってからは、ずっと特対の治療施設の方に詰めている。
「新たにスタッフを雇って戦力を増強したよ。来週からはこちらのリハビリの応援にも交代で来ることになっている。」
「ご注文をお決まりですかぁ?」
水を持ってきた店員がそう聞いてきた。
「私は天津麺ね。」
「じゃあ、僕もそれで。」
「お、イチオシのをいくかい?」
「少し慣れたんで‥‥」
「あっはっは。そういうことだったのかい。」
と先生が愉快そうに笑った。たしかに、麺はあれを想起させる。
「美味いよぉ。あ、あとレバニラも1皿ね。それとビール。」
「先生、車!」
という光太郎に長森先生は指を1本立てた。
「ワンジョッキだけ。私は飲まないよ。」
「いや、そんな‥‥。先生が飲まないのに‥‥」
「気にしない、気にしない。いろいろ過酷な職場だからねぇ。聞くから少し吐き出しちゃえよ。抱え込んでるとほんとにツブれるぞ?」
「誰からも感謝されない仕事ってぇ、つらいっすよォ——。」
いつの間にか2杯目のジョッキで顔を赤くしながら、光太郎は先生に愚痴を言っている。
「先生はいいっすよねぇー。全日本なんてぇ舞台でトレーナーとしてぇ選手たちに感謝される経験たくさんしてるんれすもん。オレなんか‥‥‥」
「いや‥‥誰からもってことはないよ。篠島課長はちゃんと感謝してるよ?」
「んなふうに見えないっすよォ。あの人、いっつも冷たい顔してる‥‥‥」
飲ましたのは、失敗だったかな?
と長森は思ったが、しかしまあ、たしかにそんなつもりで就職したわけでもないのにこんな過酷な仕事に割り振られたんじゃついていけない部分があっても仕方ないかもしれない。
それでも樋山の能力は自分を凌いでるんだから、絶対にこのチームには必要なものだ。
まあ、聞ける愚痴は自分が聞いてやろう、と長森は腹を括った。
「ほんとだぁ。天津麺、サイコー!」
「どこ行ってたんですか? 仕事中に赤い顔して。」
篠島課長があきれた顔で仁王立ちしている。
「す‥‥すいません‥‥」
一応「酔い覚ましに効く」という梅ドリンクを店でもらって飲んできたが、光太郎はまだ少し顔が赤かった。
「申し訳ない。1杯だけのつもりだったんですが。」
長森先生が苦笑いしながら篠島課長に頭を下げた。
「過酷な仕事でいろいろ抱え込んでるようだったもんですから。ストレス解消になるかと思って‥‥。」
「ふうん。ストレス発散ねぇ‥‥。まあ、若いしな。」
篠島課長が光太郎の頭の先から足の先まで眺め回す。
「わたしは長森さんみたいに言葉で聞くのはあんまり得意じゃないしな——。なんなら体で聞いてやるから、今夜わたしの部屋に泊まるか?」
「な‥‥な‥‥! なにを‥‥?」
光太郎がまた真っ赤になった。
「あっはっは! かわいい——! ほんとにカレシにしちゃいたいわぁ。」
(それ、カレシじゃなくてペットだろ?)
光太郎は赤い顔のままで頬を引きつらせる。
篠島課長がよくわからない。
「ほら。もう一杯水飲んで行っといで。患者3人も待ってるよ?」




