31 AMPS
ある日、突然マッチョになる。
そんな症状の病気が増えている——とニュースは伝えていた。
急性筋肉増強症——acute muscle proliferation syndrome。略してAMPSと厚労省は発表した。
『ムキムキの筋肉は、ふつう数ヶ月でつくようなものではありません。それが数週間、あるいは数日で筋肉がつくような現象が起きましたら迷わずに最寄りの保健所にご相談ください。放っておくと生命にかかわります。繰り返します。放っておくと生命にかかわります。匿名の電話相談窓口は‥‥‥』
テレビのニュースはそんなふうに伝えていたが、保健所に相談したらどうなるのか——については何も言っていない。
ネット上には、電話したらそのまま連れ去られて行方不明になった、といった真偽不明の情報が流れている。
服を破って巨大化する映像も次々に投稿されていたが、どれが真でどれがフェイクかもはやわからない。
「サトちゃん、あんた‥‥」
そこまで言って母親は目の中に恐怖を浮かべて黙った。
「うん‥‥‥。」
悟はパジャマがはち切れそうになった太ももに手をやる。
「おかしいんだ‥‥オレ‥‥。」
それからすがるような目で母親を見上げた。
「どうしよう? どうしたらいい?」
母親は、ふう、と大きく息をついた。
「匿名で電話してみた。」
唇を噛むようにして少し間をあけてから、意を決したように言葉を継ぐ。
「厚労省の研究機関で治療できるから、まずは市の中央保健所にきてほしいということだった‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
悟はちょっと黙る。
「行くと、どうなるの‥‥?」
「治療‥‥できるんでしょ‥‥?」
母親が少し目を泳がせる。
悟はスマホを掲げて、ネット上の情報を母親に見せた。
『そのまま行方不明に‥‥‥』
「政府の機関だよ?」
「だからだよ。」
そう言いながらも、じゃあ行かなきゃどうなるのか? と悟は不安になる。命にかかわるって言ってたよね?
「も‥‥もし何かあっても、お母さんが体張ってでもサトちゃんを守る!」
保健所に行くと特別相談窓口の方に回され、お医者さんのような白衣を着た人が「いつからこうなったか?」など問診対応をしたあと「研究所の方に行ってください」と言われて救急車のような白いバンに乗せられた。
その車は前後が金網で仕切られていて、悟は金網の後部に1人で乗るように言われた。
「わたしの子どもです!」と聞かない母親が悟と一緒に後部に乗ることを許可されたが、銃のような妙なものを持った職員から念をおされた。
「突然暴れ出すことがあります。その場合、お母さんも一緒に拘束弾で拘束することになりますからね?」
あの白いやつだ。と、悟はネットで見た動画を思い出す。
筑波にあるというその施設までの道すがら、銃を持った職員があらましの説明をしてくれた。
「その筋肉は自前のものではありません。筋繊維状の形をした寄生生物なのです。」
悟は思わず、自分の太ももを触る。
ぴくん。と勝手に筋肉が動いた。
あの蛇の夢が突然フラッシュバックする。
「早期のうちに相談されてよかった。ハルクみたいになってからでは助からない人もいるのでね。」
その施設は何の飾り気もない白い建物で、ずいぶんと厳重なセキュリティチェックがあった。
「申し訳ないが突然暴れ出す患者さんもいるので、ストレッチャーに拘束させていただきます。治療までのほんの30分くらいですよ。お母さんは一緒に付き添われて構いませんが、許可された場所以外には行かないでください。」
不安そうな顔をした母親に、職員は説明を付け足した。
「ここは危険な細菌なども扱っていますのでね。」
エレベーターで治療室というところに連れていかれると、どこかから喚き声のようなものが聞こえてきた。
悟と母親が顔を見合わせる。
「気にしないで。重症患者で、すでに精神に異常をきたしているのです。」
銃を持った職員が淡々と説明する。
叫び声はすぐに止んだ。
「まもなく先生がくるそうです。大丈夫ですよ。痛みはないですから。」
職員がそう言うのを、母子は不安そうな目で眺めた。
まもなくその先生が部屋の扉を開けて入ってくると、悟と先生の2人が同時に声を出した。
「「あ‥‥」」
「おまえは‥‥」
悟は口をあんぐりと開けた先生に、思わずそんな言葉づかいをしてしまった。
「あん時のマッサージ師‥‥!」




