30 情報の裏側
厚労省の記者会見のあと、それまでネット上にしかなかった動画や画像がテレビで流されるようになった。
悟は次の日、体調が悪いと言って学校を休んだ。
自室のベッドでケットにくるまったまま、目だけを不安の中で泳がせている。
「大丈夫? お医者さんに行かなくていい?」
母親はそう言ったが、悟は断った。
「うん。たぶん風邪だと思う。喉がヒリヒリして少し寒気がする。薬飲んで寝てれば治るから。」
悟の家は両親とも働いているので、車で医者に行くとなると母が休まなくてはいけなくなる。
「今のところ熱はないのね。仕事行って大丈夫? ひどくなったらタクシー呼んでお医者さん行くのよ?」
母親はそう言ってタクシー会社のカードを枕元に置いていった。
どうしよう?
親に打ち明けるべきだろうか?
心配されるよな‥‥。
母親が出ていくと悟はスマホでニュースサイトを片っ端から見ていった。
どのサイトでも例の動画と厚労省の会見をトップで報道していた。
『身近に急に筋肉が発達したような人がいたり、ご自身がそうだった場合は管轄の保健所まで連絡を入れてください』
厚労省はそう呼びかけているということだった。
保健所?
医者じゃなくて?
悟の頭に犬や猫の「処分」という言葉がよぎる。
まさか、そんなことはな‥‥‥。と思いながらも、まだ社会や世間に詳しくない中学生の悟には「医者ではなくて保健所」という部分に得体の知れない不安を感じてしまう。
ゲームをやる気も起きない。
部屋の中をうろうろしながらネットニュースを検索し続けるが、そうそう新しい情報が出てくるわけではない。
昼ごはんを食べる気もせず、冷蔵庫の扉を開けてはまた閉める。
どうしていいかわからない。
自分があの動画のような化け物になってしまうかもしれないと思うと、恐ろしくて恐ろしくて‥‥。
ニュースは「病人」がその後どうなったか、について一切伝えていない。今のところ。
ネット上ではなんだか機動隊みたいな人たちが銃を構えて「患者」を捕獲している動画がSNSで拡散し始めていた。
銃から撃ち出された白っぽい弾のようなものが「患者」に当たってはじけると「患者」はドロドロの液体にまみれる。それがみるみる膨らんで「患者」の体の自由を奪ってゆく。
白く膨らんだ「患者」を、妙なロボットのような機械が護送車のようなものに乗せる映像もあった。
保健所に連絡したら‥‥こういうことになるんじゃないか?
どうしよう?
どうすればいい?
その時、玄関の鍵が開く音が聞こえて、悟は心臓が止まりそうになった。
まだ昼を少し過ぎたところだ。家の誰かが帰ってくるような時間じゃない。
続いて、玄関ドアの開く音。
誰かが中に入ってくる音。
捕まえにきたのだろうか? 悟を‥‥‥。
か‥‥隠れなきゃ。
どこに?
部屋の中に隠れるような場所はない。
ベッドの下なんて最初に覗かれる場所だ。
そうだ。トイレ!
泥棒や強盗に侵入された時には、鍵のかかるトイレなどに避難するのがいいと聞いたことがある。
悟はそっと部屋を出て2階のトイレに入った。
誰かが階段を上がってくる音が聞こえる。
静かにドアを閉めて、音が出ないようにそぉうっと鍵をかけた。
階段を上がる足音が近づいてくる。
足音はトイレの前を通り過ぎて、悟の部屋の前まで行って止まった。
やっぱり‥‥‥。
そして、足音の主が言葉を発した。
「サトちゃん? 大丈夫?」
お母さんだ——!
と思った瞬間、不覚にも涙が出た。
心配して帰ってきてくれたんだ‥‥。
「サトちゃん? 悟! 悟!?」
狼狽した母の声。
悟は服の袖で涙を拭ってからトイレのドアを開けた。
「トイレだよ。母さん。」
「なんだ‥‥。部屋にいないからびっくりしちゃった。」
少し涙目になっている。
悟はそれを見て、思わず飛んでいって抱きつきたい衝動に駆られてしまった。
しかし実際にはそうはしない。中学生にもなって、それはさすがに恥ずかしい。
母親は少しの間、黙ったまま悟の体のあちこちに視線をさまよわせていたが、やがて意を決したようにその目の動きを止めて言った。
「ニュース、見た?」
「うん‥‥‥」
悟は小さくうなずく。




