27 金吾
「心配いらないよ。君は助かった。」
見知らぬおじさんからそう言われたとき、金吾は自分がどういう状態なのかを理解できなかった。
白い光の照明が眩しい天井を見上げる状態で、手術台のようなものの上にベルトで拘束されている。
体に力が入らない。
俺は‥‥どうなったんだ?
ここは‥‥どこだ?
魔沙鬼‥‥というやつと戦っていたんじゃなかったっけ?
何か、ひどく遠い夢の中のような記憶と、今ここでの状態が結びつかない‥‥。
「しばらく経過を見るために入院してもらうことになるけどね。」
さっき金吾に話しかけたおじさんが、穏やかな顔でそう言った。
すると‥‥
俺は魔沙鬼にやられて病院に担ぎ込まれたのか‥‥?
だが、やがてそうではないらしいことがわかってくる。
看護師みたいな男性が拘束ベルトを外してゆく。手首や足首が楽になった。
腹や胸のベルトが外されて、そんなところにもかけられていたのか——とちょっと驚く。それは手や足のそれとは違って、ゆるゆるだった。
「起きれるかね?」
さっきのおじさんにそう聞かれて、金吾は上体を起こそうとするが‥‥
力が入らない。腕にも腹にも——。
首をかろうじて曲げて自分の体を見てみると、腕も腹も水ぶくれみたいに膨らんでぶよぶよだった。
なんだ、これは?
俺はどうなったんだ‥‥?
「やはり自前の筋肉が相当やられているか‥‥。」
そう言ってそのおじさんは金吾の下半身にふわりとシーツを被せた。その行為で金吾は自分が素っ裸にされていることに初めて気がついた。
「そんなものに欲情したりはしないぞ?」
その声で、金吾はおじさんの背後に腕組みした女性と若い男が立っているのに気がついた。
女性のその言葉に、屈辱で耳が熱くなる。
「あなたはそうでも、若い彼は恥ずかしいでしょう?」
おじさんがやや呆れた顔でその女性に言った。
「どこまで覚えている?」
腕組みを解いて、女性が前に出てきた。
金吾が顔を歪める。
「ほう。表情筋はまだ残ってるようだな。」
「そんな言い方したらダメですよ、篠島さん。嫌われたら取れる情報も取れなくなりますよ? とにかくもう少し回復を待ってから‥‥」
「もう1人が逃げてるんだ。そいつの情報が緊急に必要だ。ガキの羞恥心なんかどうでもいい。」
「魔沙鬼‥‥?」
「マサキというのか、そいつは? どこに住んでいる?」
金吾は黙った。
この女、気に入らない。
おじさんが、ふうっとため息をつく。
「だから、言ったでしょう? ああ、私は長森。きみに取り憑いていたPMを駆除した柔道整復師だ。こちらは篠島さん。厚労省の特対室・寄生生物課の課長だ。」
柔道整復師?
寄生生物課?
「きみはパラサイトマッスル——我々は通称PMと呼んでいるが——それに寄生されていたんだよ。きみの場合、内臓は弱ってはいるがまだ無事だったからよかった。」
寄生されていた‥‥だって?
「そいつはあたかも本人の筋肉のような動きをするから、患者は筋力が強くなったような気がする。しかし骨や内臓にはその分負担がかかる。手遅れになれば死ぬこともある。」
あの強さは、寄生生物によるものだった‥‥?
「その寄生筋肉は死ぬとすぐ分解してアミノ酸の液体になってしまう。今きみの体がぶよぶよなのは、その液体が溜まっているからなんだ。」
それを聞いて、金吾は気持ち悪くなる。
寄生生物の死体で、今俺の体は膨らんでいるのか‥‥?
そんな金吾の表情を読んだのか、篠島という女性が腕組みをしたまま実験動物を観察するみたいな目つきで言った。
「全部抜くとキミの体液までなくなってしまうから、その程度は残してある。リンパ液が必要だからな。あとはキミの腎臓に頑張ってもらう。」
「体がすぐ動かせないのは‥‥」
と、長森と名乗ったおじさんは金吾の腕を肘から曲げるように持ち上げてみせた。
「本来のきみの筋肉がかなり喰われてしまっているのと、筋肉に指令を出す神経がPMの方に行ってしまって自前の筋肉の動かし方がわからなくなってしまっているからなんだよ。」
長森は腕を曲げたり伸ばしたりするが、金吾にはなんだか他人の腕みたいにイマイチ感覚が鈍い。
「少しずつリハビリしていこう。自前の筋肉もつけていかないとな。」
「それで?」
と篠島が金吾を見下ろして言う。
「マサキとやらについて、知っていることを洗いざらい話してもらおう。」




