26 治療
「ごがあああぁぁあ!」
激しい叫び声と共に、その患者は体をくねらせて暴れた。
しかし固定してあるベルトの戒めを解くことはできない。ベルトは多少の伸縮性を持っているようだったが、決してその化け物を自由にはしなかった。
長森先生が手を近づけると、患者の太い首の筋肉が、ぐりん、と動いた。
逃がさない! という感じで、先生がそれを指で押さえる。
「うがっ! ごっ! ごあっ!」
息ができないのか、患者は身体をのたうたせながら口を開ける。
先生の両手は、その顔面と首の後ろを同時に押さえるような形でずるりと上から下へ手のひらを滑らせた。
普段のマッサージと違って、ただ触っていくという感じだ。
先生の手でつるりと撫でられた患者の顔は先ほどまで怒り狂っていた表情を失い、ひどく浮腫んだ状態で無表情になった。
顔面は力を失い、だらんと半開きになった口からは呼吸音ともなんとも言い難い音が漏れる。
「かはっ‥‥ひゅっ‥‥ひゅう‥‥かひゅっ‥‥」
身体の方は暴れるというより、例の寄生筋肉が逃げようとするのか、下半身が膨れ上がるように盛り上がってゆく。
先生は、患者の肩から胸、そして背中や腹を素早く触ってゆく。先生に触られたところはほぼ一瞬で力を失って、ぶよん、と水ぶくれのように浮腫んだ状態になった。
「ひゅう‥‥こふ‥‥‥」
患者の呼吸が弱い。
さっきは患者の声が大きくて気が付かなかったが、患者のバイタルを知らせる電子音が鳴っている。
よく見れば、手首や胸にセンサーらしきものも付いていた。
先生の手は容赦無く筋肉を追い詰めてゆく。
ハルクのように盛り上がった筋肉は、先生の手で触られるとぶよぶよの水ぶくれ状態に変わった。
もう1人の医師らしき人物が、ホースにつながった注射針のようなものを患者の膨れ上がった身体に刺している。
どうやら中の液体をポンプで吸い出しているようだった。
光太郎は実験室で見たあの白濁した液体——寄生生物の死体を思い出して少し胸が悪くなった。
「わかったかな? 樋山くん。」
残りの足の処置もあと少し、というところで突然長森先生から話しかけられて、光太郎は我に返った。
「脳に逃げ込まれると厄介だから、まず頭部と首から処置してゆく。次に肩と胸、背中を処置して肺と心臓を解放する。心臓や横隔膜も筋肉だから、そこに入り込まれている可能性もある。寄生筋肉を殺すと心肺機能に影響が出る可能性があるから、こうして複数の医師方が待機してくださっているんだ。」
先生は足の先まで処置を終えると、一旦患者の体から手を離して光太郎の方を見た。
「今のところ、腸や胃などの内臓筋肉にまで入り込んだ例は確認されていないようだけど。それでも全身の過剰な筋肉の負担によって、内臓や骨がやられてしまっているケースはある。そうなると助からない確率が高いね。」
この少年は大丈夫なんだろうか?
光太郎は、ちらとその無表情な浮腫んだ顔を見る。相変わらず瞼も口もだらんと半開きで、表情が全く読めない。
「彼は大丈夫だよ。心臓も弱ってはいたが、処置も必要なく自発的に動いている。今はまだ長く寄生生物に支配されていたので、自分の筋肉の使い方がよくわからないのだ。」
「彼は若かったし、ステージ4といっても入り口段階でしたしね。」
篠島さんが壁に持たれて腕組みをしたままで言った。
「このあと身体から水があらかた抜かれたら、生き残りがいないか、もう一度上から触ってみるよ。樋山くん、やってみるかい?」
光太郎が長森先生の指導を受けながら患者の身体を触ってみると、数匹(?)の筋肉が逃げようとのたくった。
まるで長いナメクジみたいな感触のそれは、光太郎が指でつまもうとしただけで動かなくなり、次の瞬間、ぽふっ、という感じでその存在が消えた。
「それでいいんだ。やはり私よりも強力だな。」
患者の少年はその頃になると弱々しいながらも表情を取り戻して、不安そうに光太郎たちを見た。
「心配いらないよ。君は助かった。」
長森先生がいつもの穏やかな顔で、少年に語りかける。
「しばらく経過を見るために入院してもらうことになるけどね。」




