25 捕獲された患者
白っぽい無機質な建物の廊下を進んでゆく。
やっぱりここは慣れないな‥‥と光太郎は思う。
その無機質な廊下の先のエレベーター前で、篠島さんが待っていた。
「長森さん、樋山クン、よく来てくれました。」
「今度の患者は中学生なんだって?」
長森先生が篠島さんに訊ねる。
「ええ。見かけはもうそんなふうに見えませんが、DNA検査で身元が判明しました。」
「親御さんには?」
「連絡はしていません。警察に届けが出ているようなので、行方不明の扱いです。それに‥‥」
と篠島さんは少し言い淀んだ。
「あの姿を親御さんに見せても‥‥」
「ステージは?」
「すでにレベル4に入っています。」
「助けられるかな?」
「助けられなければ行方不明のままということで。」
なんの話をしているんだ、この2人?
いつも穏やかで親切な先生が顔色ひとつ変えないでこんな会話をしていることに、光太郎は背筋に寒気を覚える。
チン——。
とエレベーターの到着音が聞こえた。
「樋山クンは初めてだよね? 地下の処置施設に下ります。」
乗り込んでから篠島さんがそう言って、『閉』のボタンを押す。
3階層下がってから、エレベーターは開いた。
扉が開くと同時に、奥の方から人とも獣ともつかない叫び声が聞こえてきた。
降りた先も無機質な感じの空間に変わりはなかったが、2メートルほど先に赤い10センチ幅ほどのラインが床と壁と天井に連続して引かれている。
何かがあるわけではないが、その赤いラインで囲まれた空間に見えない結界の面があるような感じがした。
ラインの手前の床には『危険! この先関係者以外立ち入り禁止』の表示がある。
ラインは別に変な感じもなくそのまま通れたが、そこから3メートルほど先にもうひとつ扉があった。
「はい。樋山クンの。」
篠島さんが光太郎に首から下げるICカードを渡す。
「これ無いと、この扉通れないから。」
篠島さんが自分のカードを胸のあたりでかざしてみせる。
扉が横にスライドして開いた。
ああ、扉の上に付いてるあのカメラで情報を読み込んでいるのか——と光太郎は理解した。
「樋山クン、同じようにして。認識されないとハジかれちゃうから。」
そう言って扉の中に入る。
長森先生も慣れているらしく、同じようにして中に入った。光太郎もその真似をして扉のところを通過する。
中に入ると、さっきの叫び声はさらに大きく聞こえてきた。
ごおおおおぉぉぉ‥‥‥
というような叫び声の中に、放せぇ! とか、取れぇ! とかいう言葉が混じる。
「まだ言葉を解するんですね?」
長森先生が聞いた。
「ええ。ステージ4といってもまだ入り口段階です。助けられる可能性は高いです。問題は取り逃したもう1人。」
「捕獲し損なったわけですか?」
長森先生の言葉に、篠島さんがぶぜんとした表情で訂正を入れる。
「保護です。」
長森先生は肩をすくめただけだった。
「樋山くん。今日は見てるだけでいい。どんなふうに治療していくのか、よく見て覚えてくれ。次回からは君にもやってもらうから。」
篠島さんが ICカードをかざしてドアを開けると、叫び声が直に聞こえてきた。
部屋の中央の手術台のようなものに、ボディービルダーとさえ呼べないような筋肉のお化けのようなものが、金属の枷やベルトでがんじがらめに固定されていた。
首を振り、体を反らせて戒めを解こうとしている。
「あんだぁ! てめーら! タダじゃおかねぇからなぁ!」
「ほう。意識はしっかりしているようだな。よかった、よかった。大丈夫。これから君を治療するから安心して。」
長森先生が近寄ると、明らかにその筋肉の化け物は動揺した様子を見せた。
「やめろぉ! やめろぉ———! 近づくなぁ!」
「名前は?」
と先生は篠島さんを振り返る。
「紗枝内金吾。13歳です。」
「13には見えんな。骨は大丈夫かな? 紗枝内くん、心配いらない。君を助けにきたんだ。」
先生はそう言って、両手をその化け物の首のあたりに近づけた。
「やめ! やめ‥‥っ! やめろっ!」
その中学生はパニックを起こしたようだった。




