24 昼メシ
午前中の施術が終わった後、長森先生が光太郎を昼ご飯に誘った。
「丹羽くん、夕方からのシフトを変更して対応してくれ。樋山くんが私のお供で少し抜けるので。」
「はい。」
と丹羽達彦は返事をする。
長森先生は全日本のトレーナーもやっているし、最近は厚労省の専門部会の委員も務めているということで多忙だった。
そのサポート役に自分より若い樋山が選ばれたことに達彦は若干の嫉妬も感じていたが、来院する高齢者の評判がいいことも関係しているのかもしれない——と自分を納得させる。
自分と樋山の技術のどこに差があるのか、達彦にはわからない。
スマホに緊急メッセージが入っていたことで、この昼食のお誘いが何であるのかは光太郎にはわかっていた。
いよいよ実際の患者にあれをやるのか‥‥。
「まあ、そう固くならずに。美味い飯で腹ごしらえをしてから行こう。我々は捕獲部隊として出動するわけじゃじゃないんだ。急ぐ必要はない。樋山くんは何が食べたい?」
車を運転しながら、長森先生が聞いてくる。日常業務のときと変わらない落ち着いた柔らかな声だ。
「あ‥‥、何でも‥‥」
光太郎は答えながら「捕獲」という言葉に引っかかった。患者なんだろ?
「じゃあ、中華でいいかな? 途中に美味しい店を知ってるんだ。」
長森先生はどこまでも、仕事の途中という感じだ。
「いらっしゃいまっさーい!」
妙な日本語で迎えられた店舗は、平屋建ての小さな店だった。小さいといってもその辺のファミレスくらいの広さはあるのだが、けっこう混んでいる。
「お、あそこカウンター空いてる。ラッキーだったな。」
長森先生はそう言って、案内も待たずにツカツカと奥へ行ってカウンターに陣取った。
程なく若い従業員が水のコップを2つ持ってやってくる。
「いらっしゃいまっさい。お決まりなりましたら、こちらのボタンをお呼びください。」
やっぱり日本語おかしい。
「全員、香港から逃げてきた中国人なんだ。シェフなんか一流ホテルの厨房にいた人だから、本場の味で美味しいよ。ここの天津麺は絶品だよ?」
先生はメニューを指さしてそれを勧めたが、光太郎はラーメン系を食べる気になれなかった。
あれが浮かんでしまって、麺をすする気になれないのだ。
「あ‥‥僕は‥‥チャーハンセットで‥‥。」
「ビールが飲めれば最高なんだが‥‥。樋山くん飲むか?」
「いえ。けっこうです。」
車を運転する先生の前で光太郎が飲むわけにはいかない。
「僕が、車運転しましょうか?」
「まだ買って日の浅い新車なんだ。ウーロン茶にしよう。」
そう言って先生は笑った。
あの異常な場所へ行く前とは思えないな‥‥と光太郎は思う。
たぶん、緊張している光太郎の気持ちをほぐそうといてくれているんだろう。
運ばれてきた料理は、先生が言うようにどれも素晴らしく美味しかった。店舗の見た目とのギャップがすごい。
パラパラのご飯と、一つひとつの具材の味が消されることなく響き合うような存在感を感じさせるチャーハン。
スープに浮いたふわっふわの玉子が舌に優しい。
セットで添えられた水餃子の、ぷるんとした食感が最高。
従業員たちは皆明るく働いていて、店内は活気があった。
光太郎は中国の言葉はさっぱりわからないが、従業員同士は中国語らしい言葉で活発にやり取りをしている。
「みんな難民なんですか?」
光太郎が聞いてみると長森先生は少しため息の混ざったような笑顔を見せた。
「難民ではないよ。政府はなかなか難民と認めないからねぇ。ここのオーナーは日本人で、特定技能で彼らを雇うことで日本で暮らせるようにしてるってことだ。逃げ出してしまった以上、あの香港に帰るのは難しいだろう。彼らは——。」
筑波に向かう車に乗ってからも、先生はご機嫌だった。
「美味かっただろう?」
「先生はよく来るんですか? 店のことにも詳しいみたいで‥‥」
「ああ。通り道だし、混んでない時間帯だとシェフは気さくに話もしてくれる。樋山くんも気に入った?」
見えないところに、いろんな見えない人生があるんだな‥‥と光太郎は思った。
これから向かう先で治療する患者は、どんな人でどんな人生を送ってきたんだろう?
いったいどんなふうにして、あの変なものに取り憑かれてしまったのだろうか?




