守ってあげて
「……………守ってあげてか」
月光の注ぐ中、ハヤトは病室には戻らずに学園のベンチで空を見上げていた。
ハヤトもルティアも明日で退院扱いになる。 例え見つかったとしてもこっ酷く叱られるということはないはずだ。
「マスター? 元気ないです?」
「おおわっ!?」
急なニオの出現に、ハヤトはベンチから落下して頭を強打してしまった。
「マスター、ただいま戻りました」
「おう、ルティアのことはありがとうな、あいつも感謝してたよ」
「はい、私も具現化するための最低限の魔力を手に入れました」
「そっか……………ん?」
ニオは透き通った瞳で命令を待つ犬のようにハヤトを見つめているだけでなく、長い髪がゆらゆらと風に揺られてアホ毛も尻尾のようにぴょんぴょんと動いている。
「えっと…………こうか?」
「………………んっ」
ハヤトはニオの小さな頭を優しく撫でる。 ニオを撫でる時にいつも思うのは、妹がいたらこんな感覚なのではないかと。
「マスター、その刀の精霊の力を感じます」
「えっ、まさか力が戻ったのか」
「わかりません、しかし………魔術回路は構築されているはずです、私の魔力回復が遅れたのも彼女に魔力が流れていたのです」
「そうか」
カレンの力が戻ってきているのであればハヤトが契約の儀式を行えば再びカレンと会うことができる。
「そういえば、ニオとの契約も苦労したよな」
「あの時のマスター…………とっても強引でした、ぽっ」
「それ、他の人には言わないでな…………」
ハヤトとの邂逅を思い出しながら赤面するニオの頭をハヤトはいつもより優しく撫でた。
「さて、ハヤトこれを見てくれる?」
「これはなんだよ」
「これから契約しに行く契約精霊の資料よ、文献を見つけたからね」
「契約するのに資料を見る意味なんかあるのかよ」
ハヤトは不思議そうにペラペラとセーラから受け取った資料をめくっては閉じ、めくっては閉じを繰り返している。
ハヤトの国では精霊と契約の文化はあまり根付いていなかったため、契約精霊についての知識は全くなかった。
「君の国は個人に一体の精霊ではなく、一体の精霊を複数人で使役する…………だったかしら? まぁ、その方が精霊に飲み込まれるリスクも少ないけれどね」
「飲み込まれる?」
「精霊には力の強いもの、弱いのがいて、火を借りるだとか灯りを借りるくらいの小さな精霊は良いけれど、知能が高い精霊や戦闘向きの軍用精霊みたいなものは相性が良くないと精霊に取り込まれて……………バーンみたいな感じかな」
「死ぬのか」
「いいえ、死なない…………と言われてるわね、おそらく死ぬことはないけれど、精霊として生きることになるんじゃないかと私は思ってる」
精霊と契約する、これは魔導師であれば必ず通る道ではあるが、魔導師の魔力、資質や相性によっては契約できる精霊を制限または指定されることも少なくはなかった。
セーラがハヤトに精霊の資料を持ってきたということは、ハヤトにはその必要がないということなのだろう。
「明日朝早くに宿を出て村長に話しに行くわ、まぁあのおじいさん頑固だから『村の守り神と契約するなんて許せん!』みたいに言ってくるでしょうけどね」
何がおかしいのかわからないが、セーラは笑いを殺すようにクスクスと小さく笑っていた。 毎度のことだが、彼女の笑いのツボはハヤトには理解できないでいる。
「それと1つ君に聞いておかないといけないことがあるの」
「なんだよ」
仏頂面でセーラの言葉に答えるとそこに先ほどまで笑っていたセーラの表情はなかった。
真顔などというものではなかった、はっきりと冷たさを感じる表情とそれとつられているかのように瞳からもまるで感情を感じることはできない。
伊達に大陸最強の魔道士と呼ばれてはいないということなのだろう、ハヤトが感情のコントロールの訓練を施されていなければ恐怖感に襲われ催しているものを漏らしていてもおかしくはなかった。
「君は人として死ぬのと魔道士としての死、どちらを望むの?」
やはり声のトーンもいつもと違い、冷たく背筋が凍るような感覚を覚える。
「俺は死ぬ気は無い、最強になってカレンを元に戻す」
「それが君の答え?」
「そっか…………くすっ」
セーラの瞳と表情から冷たさが消え去った。 先ほどまでのセーラは本当のセーラなのか、それとも彼女が使役する精霊か何かなのだろうか。
「さあ、行こうか」
「今から? こんな暗いのに」
「君にとってはこんな暗闇なんて昼間とそんなに変わらないんじゃない?」
「否定はしないけど、お前はどうなんだよ」
「私は大陸最強の魔道士だよ? 視力補正の魔法くらいできるよ、さ村人が起きる前に片付けたい行こう」
「これじゃあ国にいた時とやってることそんなに変わらねえな……………」
2人は松明があっても進むのに躊躇しそうな暗闇をスイスイと進んでいく、そこまで大きい街ではないからだろうか、遺跡に近づくまで遺跡を守っていそうな結界を見かけることはなかった。
「おっ、ようやく結界かあ、しかし初等部で習うような簡単な結界だね、この街の人たちはあまり魔術が得意ではないのかな」
セーラの独り言をハヤトは隣で聞き流す。
セーラが言うように危険な力のある精霊なのだとしたらこんなに簡単に破壊できる結界など張るのだろうか。
王国の聖騎士は各部隊の守備地域が指定されており、この街にも担当の聖騎士が訪れているはずだ、その際に聖騎士の中には結界を張り直したりする真面目な聖騎士もいるのだとか、この街の聖騎士はあまり真面目な騎士ではないのか。
ハヤトの思考が落ち着いたところで、セーラは結界の解除が終わったらしくスイスイと先へと進んでいく。
慌ててハヤトが後を追うが、その暗闇の濃さに驚きを隠せなかった。 暗闇、いや『無』といった方が正解なのかもしれない、全く見えない。暗闇の中で任務を遂行するために鍛え上げられたハヤトの肉眼でさえどこまで続いているのかわからない暗闇をセーラは迷うことなく、怖がることもせずどんどん先に進んでいき、ハヤトとの距離は開くばかりだ。
なんとかセーラの足音を頼りについていくとセーラの足が止まった。
先程から臭ってくる不快な臭いは何なのだろうか、肉かそれに近い何かが腐っているような臭いが遺跡の奥には立ち込めているようだ。
「ハヤト、今光りを当てるから少し待ってね」
魔術詠唱無しでセーラは人差し指の先に小さな光りを灯しそれを優しくポンと放り投げた。
「これは…………何だよ」
「おそらく盗賊か精霊売買人、魔道士のどれかかな」
白骨、または白骨仕掛けている腐敗している人間の、いや肉の塊がそこには落ちていた。
1人や2人ではない、何百という数の肉の塊が白目を向いて息絶えていた。
「なるほどね、契約失敗して何とか精霊から抜け出せてもこうなるなわけか、良いデータが取れた」
「何冷静にしてんだよ! 村人たちに言わないと」
「良いの、精霊の遺跡を入る人間はそれなりの覚悟がいるそれは立ち入りを許可されていてもされていなくても同じこと、彼らは死ぬというリスクを軽んじていた、だからこうなった」
「…………俺もこうなるのか」
「あら? 東洋の国最強の隠密部隊出身なんでしょ? 人の死体くらい見飽きてないの?」
「俺らはただの人殺しじゃない、国を変えるために仕方なく」
「それは君らの言い分でしょ、まぁいいか君は早く契約終わらせてきて。 私は相手をしなくてはいけなくなったから」
「相手?」
「その丸石に手を触れて魔力を込めて、私は時間稼ぐわ」
「ああ、わかった」
セーラの言う通りに立派な壁画と肉の塊の転がっている丸石の近くに進み、1つ1つの死体をどけて丸石に魔力を込める。
「な、なんだ!?」
丸石が突如光り出し、ハヤトの姿はその場から消えた。
「さてと、あんな簡単な結界だけではないと思ったけれど、こんなに魔獣を仕込むことないでしょうに…………まぁ、良いけどね運動不足解消にはいい運動ね『踊りなさい ワルプルギス』」
「ここは…………どこだ? セーラは」
ハヤトはあたりを見渡すが、何も見えない漆黒の闇に包まれた空間にはハヤト以外誰もいない、自分が上を向いているのか下を向いているのかすらわからないが、とりあえず魔力を周りに放出して自分以外の生命体の気配を感じてみるが、何も感じない。
「もしかして精霊に取り込まれた? でも、契約なんてしてないしな」
「アナタハダレ」
「女の子の声?」
「アナタハダレ」
同じことを少女は呟いた。暗闇だからなのかはっきりとその女の子の声はハヤトに響いている。
「アナタハワタシヲコロシニキタノ?」
「違う、君の力が必要なんだ、精霊よ、俺と契約してくれ」
「ヒトツダケ、オネガイガアルノ」
「お願い?」
その瞬間、暗闇だと思っていた空間の中心に1人の女の子が立っていた。
地面につきそうなほど長い銀髪とガラス玉ような透き通る瞳、そしてそれとはその周りには竜巻のような風が少女の周りに吹いていた。
「初めまして、私は精霊アネモイ・ディ・ドゥシャータ」
「俺はハヤトだ、遺跡の中の死体はお前がやったのか」
ハヤトは全てを見透かしているような瞳をする少女に尋ねる、敵意は感じないが、念のため戦闘の覚悟を怠らない。
「はい、私とは遊んでくれなかったので殺しました」
「ずいぶんとはっきり言うんだな、お前ほどの精霊だ、奴らはきっと適合できなかったんだろ?」
「私は遊んで欲しいだけ、遊んで壊れたおもちゃもあったけれど」
「おもちゃ………か」
おそらくこの精霊にとって、人間は使役される主人でも逆に魔力を自分に送らせる奴隷やポンプ代わりなどでもない、ただ『おもちゃ』という認識でしかないのだ。
ごほんと1つ咳払いをして、少女との距離を少し詰めてから切り出した。
「遊ぶって鬼ごっこでもするか? 俺は速いぜ?」
「それじゃあ始めましょうか」




