45 飛鉱艇 15
先程までの威厳はどこぞへ消えたのか、貴族の男性は押し黙る。フォースナー船長はそんな様子にすっと目を眇める。
「異論はないようですね。私はこれから大切な客人をお迎えしなくては。失礼する」
マルクスとモーリーは目前でなされた状況にあんぐりとなる。あまりに洗練された物腰に、以前に見た空賊のような船長像と隔たりがありすぎて言葉を失った。
「やはりさすがだな。ガイさんは」
いつの間にか現れたウィルにモーリーは振り向いた。
「ウィルさん! どこに行ってたんですか?!」
「あぁ、悪かった。ちょっとな……」
ウィルは言葉を濁す。モーリーは気になったが、ここで問い詰めても得策ではないと思い至る。
ざわめきが舷梯へと続く門戸の周辺で沸き起こった。フォースナー船長の登場に人々の注目が集まる。
彼が手を取った人物を見て、モーリーは言葉を失った。彼女が大切な客人か――。
隣でマルクスも呆然と立ち尽くし、ウィルの顔も苛立ちが窺える強張った表情だ。
うら若き美少女が不安そうな顔で目を伏せながら船長の手を取った。耳元で船長が何かを囁く。彼女が一瞬びくりと体を強張らせ、目を見開く。
既視感。ひと目見れば忘れられない可憐さの少女に見覚えがあるのはどうしてだろう。何となく腑に落ちない違和感にモーリーは首を傾げた。
その光景は一枚の絵のようで、人々は静まり返っている。そんな中、甲板に足音が響く。ウィルが吸い寄せられるよう二人の前に膝をつく。
「また会いましたね。レ――?」
「レ・フォースナーだ。ウィリアム」
「はっ?」
ウィルは耳を疑った。フォースナーだって?
その意味を測り兼ね、ガイ・フォースナーその人の顔を探る。面白そうに歪んだ口に浮かぶニヤついた彼の顔を見てもその真意は測れない。
「失礼する。大切な私の客人をこれ以上人目に晒したくないのでね」
フッと柔かく微笑み、彼女の手を取り甲板から連れ去った。
「フォースナーってなんだよ……」
あの夜、出会ってからなぜか忘れられない印象を残した女性が、ガイの親類――?
同じ家名を名乗りながら客人とは、どういった関係なのか?
ガイと共に消えたすらりとした後姿を見送る。
「ウィルさん、あの子と知り合いなのか?」
モーリーは唖然とした顔で2人の背を見送っているウィルに声を掛ける。
「いや……昨夜、甲板で会ったから声を掛けてみたんだが――」
――逃げられてしまった。暗闇ではハッキリとは顔は見えなかったが、気の強そうな視線と悪巧みするよう弧を描いた口元。逃げるような女には思えなかった。だが、予想に反し妖精のように忽然と消えてしまった。
「幻じゃなかったんだな……」
そうひとりごちる。
「えぇーっ?! ウィルさんナンパじゃん。そりゃ逃げるわ」
「違っ……わないか……もな?」
そんなウィルとモーリーの掛け合いにマルクスも声を上げて笑った。
「ウィルさんも俺らと同じそう変わらないみたいで安心しました」
破顔したままマルクスが告げるとウィルはぷいっと赤い顔をさせ横を向いた。
「そんな気はなかった……んだけどなぁ。なんか初めて会ったはずなのに初対面って気がしなくて。それで名前を聞こうとしただけだ」
その言葉にモーリーとマルクスは目を見合わせる。
「あ、それ俺も思ったッす」
「僕も……」
「なんだよそれ?! お前らもって……なんかあるなあの人」
3人の間に沈黙が支配する。
それぞれが思い思いに考えに浸りながら固まっていると野次が飛ぶ。
「おいっ! お前等、いい加減に仕事しろよ。俺たちに負担がくるだろう?!」
作業を分け合う同じバディたちが、青筋を立てて睨んでいる。
「あ……。すみませんでした。すぐ取りかかります!」
マルクスが申し訳なさそうに返事をする。
「すいませーん。今やりまーす!」
モーリーの返事は軽い。
「わりぃわりぃ。ちゃんと挽回するから、許してくれ」
ウィルも悪びれる様子もなく荷物運びと客人の案内にすぐさま取りかかった。
大した謝罪もなしに作業に戻った彼らに舌打ちしていた男たちだったが、次々に仕事を熟していく彼らの姿をみて次第に苛ついていたことも忘れ、協力し合いながら仕事を捌いた。
◇
「……で? なんだ、もう危機的な状況に陥っているのか?」
紳士然とした船長が微笑を湛えエリカに問う。
――知らない。誰だ、このおじ様は。ダンディな貴公子がいる。
以前、垣間見た船長とのギャップにエリカの思考は停止する。
「おい、聞いてるか?」
砕けた言葉で石になってしまったエリカの目前で手を振り話しかける。
「ア……」
船長だと認識ができ、エリカの思考もめまぐるしく動き出す。
「助けてやるよ。なんか面白いものが見れそうだし? 隠れ蓑になってやる。お前は俺のまぁ、なんだ。義妹ってことで。俺の弟の幼妻ってことにでもしておこう」
がははと腹を抱え、愉快でたまらないといった風情で豪快に笑う。
「あいつどんな顔するかなー。ふははは……」
なにやらひとり楽しそうなご想像をしているようだ。自分をネタに何かたくらんでいる様子にエリカはとんでもない悪魔に魅入られてしまった気がし、不安になった。思わず一歩また一歩と扉の方へと後ずさる。ここは逃げた方が良いと感が告げる。
エリカが後ろ手でドアノブにそっと触れた時、「おい」とドスの効いた声で呼び止められた。
「いいから、頼れよ。まぁ、黙ってるつもりだったけど……俺はジンからお前のことを頼まれてんだ」
「エッ……?」