File.7 彼女の思考はショッキングピンク
誇らし気に話すパンジー。生み出されたって事は、この化け物達は誰かが人為的に生み出したのか? 化け物の言うことは信用できないが。
「そんな事より、アタシお腹空いてるノ。だから、いただきまース!」
思い出したかのように、パンジーは再び俺を絞める。その時、ロゼッタが体当たりをした。小柄なパンジーはいとも簡単に仰反る。その隙にロゼッタは俺を抱き上げた。咳き込む俺に覆い被さるように、ロゼッタは俺を庇う。両手の伸びた爪を構え、獰猛な唸り声を上げていた。この時ばかりはロゼッタが恐ろしいと思ったよ。恐ろしい剣幕のロゼッタとは裏腹に、パンジーは愉快そうに笑う。
「アハハハッ! おっかしいノ! クロロノイドのクセに、アンタ何でオニクをかばうノ?」
「肉じゃない! デビッド、守る!」
ロゼッタは今にもパンジーに飛び掛かりそうだ。睨み合うクロロノイド達の気迫に、俺も身がすくみそうになった。パンジーの両腕の蕾が警戒するように唸り声を上げる。
「ふ〜ん。オニクを守るなんて変なノ。あ! ペットにして太らせるんだネ?」
「デビッド、ペットなんかじゃない!」
パンジーの言葉にロゼッタは激しく反論する。牙を剥き出して威嚇するも、パンジーは意に介していないようだ。
「じゃ、アンタが食べないならそのオニク、アタシにちょうだい」
猫被り声で片手を差し出すパンジー。蕾が開いて棘塗れの口が露わになる。ロゼッタは野生的な咆哮を上げ、差し出された手を食いちぎった。
「ロゼッタ!」
ロゼッタは口に咥えた蕾を吐き捨てる。口の周りには緑色の血が付いていた。息を荒くし、開き切った瞳孔でパンジーを見ている。千切れた片腕を押さえ、パンジーは歪んだ笑みを浮かべた。
「アハハ。いいわヨ。アンタが渡さないなら、アタシが奪ってあげるワ!」
パンジーは残った腕を振り上げる。俺は蕾目掛けて発砲した。体液を飛ばし、蕾がもげる。
「イタイッ! イタイわァッ!」
パンジーは両腕から体液を撒き散らしながら、床に蹲る。わざとらしいほど悲痛な声を上げるパンジー。ロゼッタはパンジーの喉を食いちぎろうと躍りかかる。飛び掛かるロゼッタの姿を見ると、パンジーは口元を歪めた。
「なんてネ。アタシ、痛いのはヘッチャラなノ」
パンジーの両腕が不気味に蠢く。傷口から繊維のような蔓が伸び、瞬く間に腕を再生させた。手が蕾に変形し、ロゼッタを殴り付ける。腹を殴られ、ロゼッタの体は宙を舞った。
「ロゼッタ!」
俺はロゼッタを受け止める。咳き込みながらも、ロゼッタは唸る。口の端から水が漏れていた。
「落ち着け。ロゼッタ」
俺はロゼッタの背中をさする。荒い息を吐いていたロゼッタは、次第に落ち着きを取り戻していく。その時、俺達の足元に影がかかった。パンジーが馬鹿力で、冷蔵棚を持ち上げている。
「潰れちゃエ! ウクフフフフ!」
パンジーは軽々と冷蔵棚を投げ飛ばす。俺はロゼッタを抱えて、棚を避けようと転がった。冷蔵棚は俺達の頭上を通り、飲み物が入ったガラスケースへと突っ込んだ。ガラス片が飛散し、俺の頬を霞む。吹っ飛ばされた飲み物の瓶が、俺の頭を打った。中の液体が溢れ、水溜りを作る。俺は立ちあがろうとするが、なかなか立てない。頭がぐらつく。パンジーの姿が何重にも見えた。頭を押さえると、その手には血が付いている。
「デビッド! 大丈夫?」
「かすり傷だ。気にすんな」
気にするな……とは言ったが、体が上手く動かない。金槌で殴られたみたいだ。
「あらあラ、しぶといわねェ。こうなったら、生じゃなくて丸焼きでいただくワ!」
パンジーの両手の蕾が大きく開かれ、息を吸い込む。口元に火花が舞い上がり、橙色に光る。熱気が蕾を覆い、陽炎がぼんやりと見えた。俺が次の攻撃を想定する前に、蕾は深呼吸をするように、高熱の火炎を一気に吐き出す。火炎は一気にスーパー中に広がり、荒れ狂う。
「熱いっ!」
ロゼッタの手に火がつく。ロゼッタは悲鳴を上げ、床を転がった。だが、火は燃えやすい依代を見つけた途端、一気に広がる。俺はロゼッタを叩いて消火を試みるも、火は一向に消えない。
「ほらほら、早く逃げないと真っ黒焦げだわヨー!」
パンジーは再び炎を吐く。俺は棚の後ろに隠れ、火をやり過ごした。消火装置でも作動させねぇと。俺はガスを吸い込むまいと口元を押さえながら、辺りを探す。揺らぐ視界の中、棚を挟んだ通路の奥に、消火装置のレバーがあった。俺は意を決して、棚を出て消火装置へと走る。
「あラ? オニクから来てくれるなんて、好都合ネ」
パンジーが蕾を俺に向ける。俺は構わず走った。後ろで炎の燻る音が迫る。炎が発射される直前に、俺はナイフを抜き出し、蕾目掛けて投げた。ナイフは蕾に突き刺さり、けたたましい声を上げる。炎の勢いは止まり、蕾は激しくのたうちまわった。その隙に俺はレバーに手をかける。だが、背中に鋭い痛みを感じた。
「逃がさないヨ」
俺は背中の痛みの正体を引き抜く。俺のナイフだ。黒い刃には俺の赤い血と、緑色の血が付着している。パンジーがナイフを投げ返してきたんだ。シャツに血が滲み、激しい痛みが襲う。構うもんか。背中を押さえながら、俺はレバーを引いた。天井の消火装置から、水が霧状に飛ぶ。水と炎が合わさると、白煙となってスーパー中に広がった。パンジーもロゼッタも見えなくなる。俺は耳をそばだて、パンジーの位置を探る。
「無駄な抵抗はよしなヨ。出てきなさイ」
パンジーの声が横から聞こえる。かすかにだが、人影も見えてきた。俺はすかさずパンジーの首元目掛けて、ナイフを振る。パンジーの首は胴体から離れた。煙が晴れると、胴体は倒れ、パンジーの首は床に転がっている。
「どうだ。お望み通り出てきてやったぞ」
「アハハハッ! お兄さんひどいネ! さすがにちょっと痛かったヨ」
パンジーの首が顔を上げ、ケラケラ笑う。まだ生きているのかよ。トドメを刺そうと、俺はナイフを振り上げた。
「おいで! ピクルス!」
パンジーが口笛を吹く。すると、俺の体を背後から何かが押し除けた。象ぐらいのサイズの巨大な化け物だ。強いて言えば、レッサーパンダみたいだが、緑色に変色した姿からは愛くるしいの『あ』の字もない。異様に腫れ上がった腫瘍のような複眼が、パンジーを見ていた。
「アタシもみすみすやられる訳にはいかないのヨ。研究所に帰らなきゃいけないからネ」
「研究所だと?」
やはり、コイツらは作られたんだ。町を覆った雨とクロロノイド達。自然に生まれた物のはずがなかった。
「そう、『グリーンハウス研究所』ヨ。アタシ達の家なノ」
『グリーンハウス研究所』! 俺はここを知ってる。『クリアシード』の町に最近来た企業だ。何してるかは知らなかったが、こんな変な生き物を作っていたなんてな。きな臭いぜ。
「体が再生したら、また会おうネ。それまで死んじゃダメだヨ」
パンジーは首から触手を生やし、レッサーパンダに乗る。レッサーパンダの怪物は悍ましい咆哮を上げて、スーパーの外へと駆けて行った。奴らがいなくなるとスーパーは何事もなかったのように静まりかえる。だが、俺の目の前で小さく呻き声が上がった。俺はすぐさま駆け寄り、煤を叩く。他でもない、俺の目の前にいた黒焦げの物体は、ロゼッタだったんだ。俺は気を失っているロゼッタを、抱き上げて揺さぶる。
「ロゼッタ、ロゼッタ!」
ロゼッタの体は炭のような感触で、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。毛先は所々崩れている。微かだが、途切れ途切れの呼吸が、口から漏れていた。
「まだ息はあるな」
安堵するも、ロゼッタはこのままでは死んでしまう。どうすればいいんだ。とりあえず、ここにはもういられない。水の入った大量のペットボトルと、揃えられるだけの医療用品を集め、俺は雨合羽を羽織る。……どうしたものかな。どうして俺は、こんなにロゼッタを救うことに、躍起になっているのだろう。ジェニファーへの罪滅ぼしのつもりか? そいつはジェニファーじゃないんだぞ。それとも、警察としての義務が? 警察としてジェニファーを殺したクセに。……考えても考えるほど過去が牙を剥いてくる。今はとにかく、ロゼッタを助けたい。
消火装置が止まり、スーパーの中には残火が点々と残っている。外で降っている雨も、この火までは消してはくれないようだ。




