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File.6 雲は毒々しいパープル

 俺とロゼッタは、しばらくスーパーの中にいた。夢見心地の中、雨音だけを聞いている。だけど、もう寝ることはできない。起きていても寝ていても、俺の前には地獄しか広がっていなかった。それなら、まだマシな地獄の方を選ぶさ。

 しばらくの雨音も、耳を劈くようなガラスの割れる音でかき消された。ちっ、植人様のご来店か。ロゼッタはガラスの割れる音に、両耳を塞いでいた。俺はすかさず銃を取り出し、ドアの側で構える。ドアの隙間から雨音と共に、貼り付くような湿っぽい音が聞こえた。植人共特有のカビ臭い匂いが、嫌に鼻につく。一体じゃないな。数体の足音が重なって聞こえる。

「ラッシュアワーだ。レジが混んじまう前に、俺が出迎えてやるか」

俺がドアを少し開けると、ロゼッタが俺の手を掴んだ。歯をガタガタ震わせ、ひどく怯えた顔をしている。

「ダメ。デビッド、危ない」

「心配すんな。ワンオペで十分だ」

俺はロゼッタの手を取り、力強く握る。不安そうなロゼッタの胸に手を当てさせ、俺はドアは手早く開けた。ロゼッタに背中を向けたまま、俺は扉を閉める。さぞ心配しているだろうな。慣れっこさ。お前が生きていてくれるならな。

 予想していた光景が、目の前に広がっていた。雨でベトついた植人達が、棚の商品を食い漁っている。人の手より遥かに器用な触手で、缶詰を次々と開けていた。蕾のような形の顔に付いた無数の赤い複眼が、一斉に俺を見る。その途端、缶詰めをポイ捨てし、一気に俺ににじり寄った。他の植人達も新鮮な獲物の気配に気づくと、狂ったように金切り声を出す。俺は相当食いでがあるみたいだな。俺は吊り下がるワイヤーを撃ち抜く。ワイヤーが切れ、ぶら下がっていた看板が、植人の一匹を押し潰した。目玉代わりのラズベリーが弾け飛び、赤い水溜りを作る。それでも植人達はバーゲンセールのように次々と押し寄せた。キリがないな。銃を撃ち続けても、弾切れになるのは目に見えていた。

「デビッド!」

ロゼッタがドアを開けて出てくる。俺はロゼッタに気を取られるあまり、目の前の植人に気づかなかった。針のような触手を振り上げる植人。ロゼッタは腕に巻き付く蔓を鞭のようにしならせ、植人の胸元を刺し貫いた。植人は緑色の血を吐き散らし、動かなくなる。

「バカ! 危ないから中にいろ!」

「やだ! ロゼッタ、デビッド守る!」

ロゼッタは激しく首を振り、俺の側に躍り出た。意思のこもった確かな声だ。ロゼッタは群がる植人達から、俺を守ろうと立ち塞がる。商品棚の間に、植人達は埋め尽くさんばかりに集まっていた。……そうだ! 

「ロゼッタ。俺を守りたいなら、今から俺と同じ事をしろ」

困惑するロゼッタを背に、俺は反対側の商品棚へと走り出した。植人達は獲物が一匹いなくなったことに戸惑い、動きが緩慢になる。俺は商品棚を植人側へと押した。

「ロゼッタ! これを倒しちまうんだ!」

ロゼッタは俺の隣に来る。俺は両腕に力を込め、商品棚を押す。俺一人の力じゃどうにもならんが、ロゼッタとなら!

「早くしねぇと奴らが来るぞ!」

「うん!」

ロゼッタも両腕で商品棚を押す。商品棚は傾き、植人達の方へと倒れた。激しい衝撃とともに、棚は崩れ落ちる。押し潰され、植人の一部と思しき目玉や触手があたりに散乱した。いくら化け物とはいえども、潰されちゃたまらんだろう。棚の金網の隙間から覗く体を痙攣させていた。

「デビッド、大丈夫?」

「ああ、お前のおかげでな」

安心しようとしたのも束の間、入り口から新たに人影が見えた。俺はすぐさまロゼッタを庇うように銃を構える。子供ぐらいの大きさだが、明らかに人の形をしていない。

「キャハハッ。見ィつけタ!」

子供っぽい声だが無邪気とは程遠い、狂気を孕んだものだ。途切れ途切れの入り口の照明が、小さな化け物の姿を映す。黄色いツインテールの髪の、あどけない少女だ。ただ一点、両手の代わりの蛇のように口の裂けた蕾が無ければ。蕾を開閉させ、少女ははしゃぐ。それこそ、ショッピングモールにおもちゃを買いに来た子供のように。

「ウクフフフフ。美味しそうなオニク、独り占メッ!」

少女は耳障りなキンキン声を上げ、両手で近くにいた植人の首を食いちぎった。首の断面から、緑色の血が噴水のように出る。天井の照明を緑色に染め、不気味に明滅した。少女の両腕の蕾が咀嚼するように口を動かす。蕾は食いちぎった頭の分膨れ上がっていた。

「アンタ達はお呼びじゃないのヨ。出しゃばらないデ」

少女の蕾から頭蓋骨の欠片のようなものが溢れる。ロゼッタと同様、いやそれ以上に流暢に言葉を話すが、とてもではないが話は通じそうにないな。ロゼッタは目の前の異様な光景に、吐き気を覚える。

「緑色のアンタ達なんて、対して美味しくもないしネ」

少女は両腕の蕾に話しかける。すると、蕾もオウム返しをするように、少女の言葉を反芻した。蕾は吐き捨てるように、胃液塗れの生首を吐き出す。お菓子も貰ってイタズラもしに来たな、このガキは。俺はガキの首目掛けて発砲した。俺の存在に気づいていたのか分からないが、ガキは軽やかに銃弾を避ける。そしてすかさず俺の背後を取り、両腕の蕾で俺の首を絞めた。

「なっ……!」

「ウクフフ、無駄な抵抗はしない方がいいヨ。アタシの両手が、お兄さんのお腹の中の物を残さず食べちゃうかもしれないヨ」

ガキは下品な笑い声を上げ、俺を強く絞める。俺は両腕をどかそうとするが、締め付けられて力が上手く入らない。

「お前……ただの植人じゃないな」

「そうヨ。アタシはパンジー。アタシは特別なクロロノイドなノ!」

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