File.3 雨宿りのブルー
雨音が強くなっていく。俺は雨具を深く被り、どこか雨宿りができそうな場所を探す。幸い、化け物達はいないようだ。伊達に殺人鬼やってる訳じゃないが、あの化け物達の習性はある程度理解できた。
あの化け物……植物の特徴が現れた人間、植人とでも言っておくか。どうやらあの化け物は、人間が雨に含まれる何らかの成分で変異するもののようだ。植人は一見植物と同じ生態のようだが、人間を食糧と見なす。あるいは傷とかを介して、人間を植人に変える苗床にするようだ。……ジュニファーがそうだったように。いや、考えるのはやめだ。交番の出来事を思い出すと、動悸が早くなる。
しばらく歩くと、スーパーマーケットがあった。灯りはチラつき、とてもではないが人がいる気配がない。好都合だ。人がいないなら、餌にする植人もいないからな。小さいスーパーだが、隠れるのにはちょうどいい。俺は植人達に見つからない事を祈りながら、スーパーへと駆け出した。
スーパーの中に入ると、壊れかけの陽気な音楽が流れてきた。こんな状況でも、売り込みは忘れないんだな。お勤めご苦労様。俺は延々と音楽が流れるラジカセを、床に叩きつけた。
売り物コーナーは、不自然な程荒らされた形跡すらない。所々買われて空いたスペースこそあるが、誰かが買い占めた跡も、食品が盗まれた形跡もない。あの異変は、それほど短時間で起きたのだろう。俺は念入りにスーパーの中を歩き回る。植人がいないのを確認すると、俺は従業員用の休憩室に入った。俺は雨具を脱ぎ、ロッカーの中に押し込む。制服のボタンを外し、俺は身体から植物が生えていないか虱潰しに探した。緑色じゃない、血色のいい肌だ。俺は安堵して、パイプ椅子にもたれかかる。疲れが一気に押し寄せ、眠気が漂う。だけど、胸騒ぎが治らず、肌が緊張で張り詰める。俺の日常から眠りは消えた。落ち着かず、俺は貧乏ゆすりをする。
「……っ!?」
入り口の自動ドアの開く音と共に、俺はすぐさま銃を構える。人間か、植人か。湿っぽい裸足で歩くような足音が耳に入った途端、額に冷や汗が浮かんだ。ドアを僅かに開き、俺は隅に隠れる。足音が近くなる。来い。緑色の肌が見えた瞬間、頭に風穴を開けてやる。隙間から覗く緑色の何か。反射的に俺はドアを開け、引き金を引いた。鋭い銃声と共に、天井の蛍光灯が割れる。外したか。俺はすぐさまもう一発撃とうとする。だけど、目の前にいる人物を見た途端、思わず俺は銃を下ろした。
「…………ジュニ……ファー?」
目の前のそいつは植人だ。人の形に限りなく近いが、胸元に青い薔薇が見える。深緑色に染まった触手のような髪、腕に巻き付く茨。植人なのは間違いない。だけど、その顔は忘れもしない、ジュニファーと瓜二つだ。俺は銃を構え直そうとするが、震えて上手く持てない。
「……ウ……ウウ?」
ジュニファーに似た植人は、言葉にならない唸り声のような音を出す。他の植人とは違う、緑色の瞳で俺を見ていた。敵意の無い無垢な顔つきで、ジュニファーもどきは首を傾げる。どういう事だ? 俺が食い物に見えねぇのか? ジュニファーもどきはフラフラと漂うように俺に近づく。よくよく見ると、垂れ目気味な部分とか、細かい部分がジュニファーと違う。なんだ、ただの他人の空似か。一抹でもジュニファーが生きていると思った俺が馬鹿だったよ。
「ストップ、近づくな」
俺が冷たく言い放つと、ジュニファーもどきの動きが止まる。……コイツ、言葉が分かるのか? ジュニファーもどきは不思議そうに俺を見る。
「お前、言葉が分かるのか?」
「グ……ウゥ?」
俺の言葉に、ジュニファーもどきは俺を真似するように口を動かす。気のせいか。ただの猿真似だな。だけど、俺はコイツを撃つ気が湧かなくなった。ジュニファーに似ているからか? いや、違う。コイツは俺を食う気がなさそうだからだ。敵意が無い相手を撃つ気にはならない。ジュニファーもどきは俺を見つめるばかりだ。よし、ここは少し試してみるか。
「俺は、デビッド。でぇーびっど。分かるか?」
子供に教えるように大袈裟に口を開けて、俺は自分の名前を連呼する。我ながら恥ずかしい。なんたって相手は、ジュニファーそっくりの成人女性なんだからな。
「デェビッド?」
「そうだ。デビッド」
「デビッド! デビッド!」
単語を覚えたての幼児のように、ジュニファーもどきは嬉しそうに叫ぶ。俺は慌てて、口を塞ぐ。植人達に気づかれちまう。狭い部屋に閉じ籠ったり、口を塞いだり、誘拐犯になった気分だ。
コイツにも名前をつけてやらないとな。ジュニファーもどきじゃ長ったらしいし、俺自身そんな名前で呼びたくない。かと言ってコイツじゃ変だしな。……そうだな。
「ロゼッタ。ロゼッタなんてどうだ。お前はロゼッタ」
「ロゼッタ……。ロゼッタ!」
最初は不思議そうに唸っていたが、植人は自分に与えられた名前を嬉しそうに言う。……いや、どうして俺は名前なんて付けているんだ? 相手はペットでも生まれたての赤ん坊でもない。植人だぞ? いつ俺を食うかも分からないんだぞ? 俺の頭はどうかしちまったのかもしれねぇ。だけど、無邪気に笑うロゼッタを見ていると、無意識にジュニファーの面影を重ねていた。
窓の外で、轟音を立てる雨。しばらくはこの宿り木と、雨宿りするしかないみたいだ。




