File.4 彼女の体はグリーン
俺は机に頬杖をつき、窓の外をチラチラ見る。時折、影が過ぎる度に俺は腰の拳銃に手を当てた。眠気で瞼がゆっくりと閉じていくが、その度に俺は自分のこめかみに拳銃を突きつける。銃口の冷たい感触が、眠気を忘れさせてくれた。
「ヴヴーッ。ヴー」
椅子に縛り付けられたロゼッタが、文句を言うように唸る。ロゼッタの手足は、防犯用のチェーンで縛られていた。ロゼッタは解いてくれと言わんばかりに、モゾモゾ動く。
「ダメだ」
俺は首を横に振る。言葉が分かるとはいえ、植人は植人だ。いつ暴れだすか分からないからな。俺だって人を縛る趣味はない。俺が解く気がないと分かると、ロゼッタは口をへの字に曲げてそっぽを向く。食べるしか脳がないと思ったが、植人も不満を持つようだ。
腹が減ったな。気が抜けたせいか、一気に空腹感が押し寄せた。それと同時に、ロゼッタの腹の虫も鳴り始める。椅子を揺らした反動で、ロゼッタは俺に近づいた。
「デビッ……ド」
辿々しく口を開きながら、ロゼッタは俺を呼ぶ。口から茨のように尖った犬歯が覗く。……まさか、腹減って俺を食うつもりじゃないだろうな。空腹に苛まれ、拘束を引きちぎるかもしれない。俺は身を屈めて拳銃に手を当てる。弱々しい緑色の瞳が、いつ凶暴な光を帯びるか警戒していた。
「ウヴゥ〜」
気の抜けるような声を上げて、ロゼッタは肩を窄める。力が抜けたように、ロゼッタは俯いた。弱々しくなる声を聞いていると、何とかしてやりたい気持ちが込み上がる。
「お前、お腹空いたのか?」
俺は腹に手を当てる仕草をする。
「ヴ……」
ロゼッタは小さく頷く。幸い、ここはスーパーだ。食料はいくらでもある。力の弱ったコイツなら、鎖を解く事もできないだろう。
「待ってろ。今食い物を持ってきてやる」
俺は動くなと念を押し、部屋を出ていく。どうしてアイツを助けることにこんなに躍起になっているんだ? アイツはジュニファーじゃないんだぞ。そんな疑念が俺の頭の中で渦巻いていた。
とはいえ、参ったな。スーパーの陳列棚の見た瞬間、俺の中には新たな疑問が生まれた。人間以外に、植人は何食べるんだ? やっぱり肉か? 野菜と果物は……半分共食いみたいなものか。スナック菓子……いや、塩分が入ってるから塩漬けになっちまうか。まさかとは思うが、肥料が好物なのか? いや、植人っつっても、半分は人間だしな。買うものが決まらず、俺はスーパーを一周していた。……試してみるしかないか。俺はサラダチキンと、ソーセージ、コンビーフを手に取る。賞味期限は大丈夫そうだな。ゾンビじゃないから、さすがに腐ったものは食べないだろう。次に惣菜コーナーに向かい、ドーナッツとパンを手に取った。……俺の分も買わないとな。手早く商品をカゴに入れ、俺はチョコバーと2ℓの水を数本カートに入れた。俺は休憩室に戻ろうとするが、足を止める。緊急事態とはいえ、俺は警官だ。タダで商品を買うのはいかがなものか…………。ため息をついて俺は無人のレジに向かい、カウンターに10ドル札を叩きつけた。これだけ払えば足りるだろう。
「つりはいらねぇぞ。レシートは捨てとけ」
影も形もない店員に、俺は吐き捨てる。
休憩室に入るなり、俺は商品を机にぶち撒ける。食料の匂いを嗅ぎ取ったのか、ロゼッタは興味津々にこちらを見た。チェーンを解こうと手首をしきりに回す。
「動くな。俺が食わせてやるから安心しろ」
"動くな"という言葉を聞くなり、ロゼッタは渋々大人しくなる。空腹のクセに、案外物分かりはいいんだな。俺は包みからサラダチキンを取り出し、ロゼッタの口元に近づけた。鎖で縛られた奴を餌付けするなんて、良い気がしない。仕方がないと自分に言い聞かせてながら、俺はサラダチキンを差し出す。
「ウァ?」
ロゼッタは鼻をひくつかせる。いきなり噛みつきはしないか冷や冷やした。だけど、しばらく匂いを嗅いだ後、ロゼッタは顔を顰めてそっぽを向く。
「食わないのか?」
俺の言葉を理解しているのかしていないのか、ロゼッタはそっぽを向いたまま頷く。口に近づけようとすると、怒ったように唸った。人間の時から嫌いだったのか? 俺は諦めて、サラダチキンを包みに戻す。
ソーセージもコンビーフも、ドーナッツもパンも嫌がった。コイツは人間の時に好き嫌いが激しかったのか? それとも植人になると、人肉しか食べないのか? 俺は頭を掻きながら、チョコバーを齧る。俺が食べている姿を、ロゼッタは羨ましそうに眺めていた。だけど、チョコバーを近づけると、ロゼッタは嫌がる。
「好き嫌いは良くねぇぞ」
俺は苛立たしげに、チョコバーを一気喰いする。アイツが残したものは俺が食うからいいとして、本当にアイツ飢え死にしちまうぞ。だけど、アイツが人肉しか食えないなら……。最悪の手段を洗い流すように、俺は水をがぶ飲みした。
「ウー! ウー!」
水の入ったペットボトルを見た途端、ロゼッタは鎖を激しく動かした。思わず俺は咽せる。
「お前、もしかしてこれが欲しいのか?」
「ウー!」
俺がペットボトルを指差すと、ロゼッタは激しく頷く。恐る恐る俺は、水をロゼッタに差し出す。すかさずロゼッタは食いつき、グビグビと飲み始めた。思わず俺は手を離す。ロゼッタは器用にペットボトルを口に加え、真上に向けて水を一気に流し込んだ。飲み干すとロゼッタは、口元から水を垂らしながら満足気に舌舐めずりをする。
「全く、小さい子供みてぇにみっともねぇ事すんなよ」
俺はハンカチを取り出し、ロゼッタの口元を拭く。ロゼッタの肌は、水を含んだ茎のように潤っていく。萎れていた薔薇も、色鮮やかに花開いた。見た目こそ人間だか、やっぱり植物なんだな。
「あり……がと。デビッド」
ロゼッタが発した言葉に、俺は耳を疑った。俺が教えてもいないのに、言葉を喋ったぞ。聞き間違いなんかじゃない。自らの意思で発した言葉だ。体力が回復して、人間の時の記憶が戻ってきているのか?
「ロゼッタ、今の言葉……もう一度……」
言い終わらないうちに、強烈な眠気が襲った。久しぶりに満腹になった為、溜まっていた眠気が一気に押し寄せてきた。ロゼッタが何かを話しているが、その声も遠くなる。視界も閉ざされていく。待ってくれ……。もう少しロゼッタと……。




