File.11 グレーに濁ったラボラトリー
全く、この研究所には受付も警備員もいねぇのか。職務怠慢だな。税務署にすぐに入られるぜ。おかげで社長に会うのにアポはいらなそうだがな。
中も至って普通のオフィスみたいだ。受付用のカウンターに、パソコンが置かれたデスク。白すぎるのを除けば、研究所には見えないな。ロゼッタは警戒しながら、辺りを見渡す。ここの社長はワンマンアーミーなのか、緑色の従業員すらいなかった。ただ、掃除はしていないのか、あちらこちらに蜘蛛の巣のようなものがある。この蜘蛛は几帳面なのか、白い巣は規則正しく貼られていた。
「生きてる……」
ロゼッタがうわ言のように呟く。何のことだ? 瞳孔を開き、ロゼッタは触手を手に忍ばせた。
すると、蜘蛛の巣が一斉に動き出し、何かが這い出てきた。粘ついた緑色の液体に包まれながら、何かは蠢く。開花するように、手足が生え、ヒトの形を取った。胸元に白い薔薇が咲き、何かは液体を引きずりながら俺達に近づく。不揃いに生えた棘のような牙を見せ、瞳の無い眼窩を開いた。ロゼッタはすかさず触手で何かを貫く。薔薇が散り、何かは溶けるように崩れ落ちた。床のシミとなり、あとには薔薇の花びらが残る。
「こいつもクロロノイドか……?」
「みんな、同じ顔してる……」
呻き声を上げ、白い薔薇の集団は俺達を見つけるなり、液体を撒き散らしながら襲い来る。なるほど、これは24時間無賃で働いてくれる優秀な警備員だな。形こそはヒトだが、目の代わりに空いた2つの穴が空き、手足の長さも不揃いだ。まるで何回もコピーした後のインクのシミだった。自我があるかどうかすらも分からず、緑色の物体は何かに突き動かされるように牙を剥く。薔薇を撃ち抜くのは得意だ。俺は片目を瞑り、一匹ずつ狙いを定めて発砲した。薔薇を貫かれると、クロロノイドの出来損ないは緑色のシミに変わる。ロゼッタはどこか複雑な表情で、シミと化した自分の同族を見た。
「……この子達……生きたかっただけなのに……」
ロゼッタは白い薔薇の花びらを手に取る。造花のような質感の花びらは、塵となって消えた。ロゼッタにはクロロノイド達の呻きが、生命の叫びに聞こえたのかもな。
「行くぞ。こんな事をする奴を野放しにはしておけねぇ」
俺はロゼッタの手を引き、先を急ぐ。この清潔感溢れる白い研究所には、これよりドス黒い秘密があるかもしれない。
地下に降りると、異常に蒸し暑い空気が辺りに漂い始めた。湿り気のある土の匂いは、さながら温室だ。だが、上階の病的な清潔さは消え、苔むした床が続いた。暗い地下の回廊を、俺はロゼッタの手を引いて進む。這い回る配線に、あちらこちらに伸びるダクト。なるほど、研究所らしくなってきたな。
一室に入ると、植物に包まれた温室が広がっていた。地下には不釣り合いな赤外線のライトが、室内を不気味に照らしている。異常成長した植物が、部屋を侵食していた。帯化し、雌しべと雄しべが異常成長したヒマワリ。ねじくれて螺旋状に柱に巻き付くサボテン。この空間にある全ての植物が、その在り方を歪められていた。ロゼッタはライトに照らされ、落ちつかない様子で腕を抑える。
「大丈夫か?」
「このライト……なんか変な感じがする」
神経質そうに瞬きをするロゼッタ。クロロノイドには、何かしら良くない影響がありそうだ。ここに長居はしない方が良さそうだな。俺は奥にある扉へと向かう。
「……っ!?」
声にならない悲鳴をあげるロゼッタ。植物に覆われて分からなかったが、蔦の隙間からガラス張りの何かが見える。扉に沿って置かれたそれは、人1人入るサイズのシリンダーだった。緑色の液体に満たされたシリンダーには、何かが浮かび上がっている。それは呼吸し、液体が泡立つ。それは時々痙攣し、生命の鼓動を刻んでいた。シリンダーの中のクロロノイドは、さっきの出来損ないとは違い、はっきりとしたヒトの輪郭を持っている。俺達が動くと、脈動するように体を痙攣させた。
天井を見上げると、さらに悍ましい光景があった。赤いライトの隙間にはびっしりと、さっきの蜘蛛の巣がある。時折モゾモゾと動き、粘つく液体が垂れた。まるでこの温室自体が生きているみたいだ。
「ただの家庭菜園やってる訳じゃなさそうだな」
シリンダーの中のクロロノイド達は産声を上げるように、ガラスを突き破った。温室に迷い込んだ肉に引き寄せられたのか、自由な同胞に引き寄せられたのか、シリンダーは次々と割られ、クロロノイドが這い出る。胸元の白い薔薇が花開き、虚ろな緑色の瞳で招かれざる客を見た。茨のような緑髪を垂らし、うわ言のような呻きを上げる。赤いライトに照らされ、蜘蛛の巣からもクロロノイドのなりそこないが引き摺り出された。赤い光を背に受け、シリンダーのクロロノイドは素早い動きで俺に飛びかかる。発砲するも、顔色一つ変えずクロロノイドは俺に掴み掛かった。
「デビット!」
ロゼッタは走り出すも、クロロノイド達に羽交締めにされる。俺はクロロノイドの胸元目掛けてナイフを突き刺す。蠢く白い薔薇が止まり、クロロノイドはその場に崩れ落ちた。だめだ、キリがねぇ。緑色の集団が赤い光を受けて不気味に蠢いていた。ロゼッタは触手でクロロノイドの頭を貫く。歪んだ人の形の顔を見て、ロゼッタは顔を顰めた。だが、クロロノイドは次々とロゼッタにつかみかかる。言葉にならない呻きをあげて、クロロノイドはロゼッタの脇腹に噛みついた。ロゼッタは悲鳴を上げ、爪でクロロノイドを切り裂く。飛び散った緑色の血が、ライトの光を遮断した。光が弱くなると、クロロノイドの動きが緩慢になる。
「ロゼッタ! ライトだ! ライトを隠すんだ!」
ロゼッタは頷き、手に付着した血をライト目掛けて飛ばした。緩慢になったクロロノイドの胸元を、俺は撃つ。薔薇を散らすと次々にクロロノイドは倒れた。薄暗くなった中、俺はクロロノイドの死体まみれだ。
最後の1匹を倒し終わり、俺は一息ついた。顔も手も緑色の血まみれだ。僅かにライトに照らされていると、それが赤黒い血に見える。ロゼッタも荒い息を吐きながら、白い薔薇の残骸を見た。
「こんな奴らを水槽に入れてやがるなんてな」
「このガラス……。私はここにいたような気がする……。緑色のシュワシュワする液体の中で……」
ロゼッタはどこか懐かしげな顔で、シリンダーの残骸に触れた。ロゼッタの記憶が戻りつつあるのか? シリンダーを見つめるロゼッタは、俺が知っている彼女とはどこか違う。こんな場所が、ロゼッタの帰る所のはずがない。俺はロゼッタの手を取る。
「行こう。この先に手がかりがあるはずだ」
「……うん」
俺とロゼッタは扉を開けて先に進む。この狂気に満ちた空間の先にあるもの。それが何であれ、俺達は進むしかない。真実を追い求める為に。元凶を止めるために。




