File.12 ホワイトに彩られた歪んだ生命
研究所の最奥部には、信じられない光景が広がっていた。脈動する大樹が、部屋の隅々まで根を張っている。木の根は大量のシリンダーを覆い、不気味に発光していた。シリンダーの中には、薔薇と人間が歪に混ざった生命が浮いている。形こそヒトだが、顔半分を薔薇が覆っている個体や、膨張した皮膚から茨が突き出ている個体もいた。酷いと下半身がそっくりそのまま、薔薇の根に置き換わっている奴もいる。弄ばれた同族を見て、ロゼッタは軽く吐き気を覚えた。透き通る大樹から、激しく流れる水流が見える。あの雨に似た、ドロドロとした水流だ。大樹から生える大きな蕾が、呼吸するように痙攣する。その側には、ボロボロの白衣の男がいた。恍惚とした表情で、蕾を撫でる男。明らかに正気じゃないな。この町でこんな奴がいたら、即職質行きだぞ。
「おい、そこで何してんだ」
警察時代では一度も言った事がない一言を、俺は投げつけた。男は俺達を一瞥すると、口元を歪ませて笑みを浮かべる。傷んだ小麦色の髪を掻き、一歩ずつ俺達に歩み寄って来た。長い間外に出ていないのか、その肌は白衣と同じくらい白い。濁った青緑色の瞳で、俺達を品定めするように見る。
「やあ、こんにちは。君達もこのローレンスの研究所の見学に来たのかな?」
見た目に似合わない幼稚な口調の男。長時間労働の証に、窪んだクマが付いてるぞ。頰もこけていて、肌はガサガサだ。男、ローレンスはロゼッタに気づくなり、早足でロゼッタに駆け寄る。
「ん!? 君はブルーじゃないか! どこに行ってたんだい?」
「私……ブルーなんかじゃない」
得体の知れない名前で呼ぶローレンスを、ロゼッタは拒絶する。愛おしげに伸ばすローレンスの手を、俺ははたき落とした。
「お前が誰かは知らねぇが、しつこい男は嫌われるぞ」
「僕も君が誰かは分からないけどね。わざわざ誘拐したこの子を連れ戻してくれてありがとう」
ローレンスは皮肉まじりに濁った瞳を向ける。俺は誘拐犯扱いかよ。手錠があれば、今すぐ現行犯逮捕したいところだけどな。ロゼッタは怯えて、俺の側を離れない。
「ブルー、おかえりなさい。みんな君を待ってるよ」
「えっ……」
ローレンスがシリンダーを指差す。シリンダーの中のクロロノイド達は何かに反応するように、激しくもがく。くぐもった叫び声が、シリンダーの中を泡立たせた。ロゼッタは叫び声を聞くまいと耳を押さえる。ローレンスは心地よさげに、叫びに耳を傾けた。
「嫌……嫌っ!」
「どうして嫌がるんだい? この子達と君は同じ兄弟じゃないか」
シリンダーを1個ずつ愛撫でするローレンス。シリンダーの中の奴らは、その愛が見えているかどうかは分からないけどな。俺は怯えるロゼッタを抱き寄せて、銃を構えた。
「何企んでいやがるか分からねぇが、街をめちゃくちゃにしたのもアンタだろう? ブチ込む檻はないが、大人しく縄にかかってもらおうか」
「人聞きが悪いなぁ。僕はただ、人類を新しいプロセスに進んでもらいたいだけなんだよ」
ローレンスは銃口を向けられても、何食わぬ顔で口を開く。こんな物何度も見た事があるよ。そう言いたげだ。
「何だと?」
「この子達、クロロノイドは、言わば人間に植物の遺伝子を組み込んだ、新しい人類の種なんだよ。人間なんかよりもずっと丈夫な、新しい生命の形だ」
俺だけじゃない、大勢の誰かに聞かせるように高らかに語るローレンス。こんな奴には投票したくねぇな。返答の代わりに、俺は銃を突きつけた。
「雨を降らせたのもお前か?」
「もちろんさ。このクロロノイドの細胞が入った水分を、大樹を媒介にして雨として降らせていたんだ。この街のみんなにも、新しい人類として生きる喜びを共有してあげるんだ」
さも当然のように語るローレンス。俺は銃を下ろそうとはしなかった。こんな……こんな奴のせいで……。
「人の命を弄びやがって……」
「君だって彼女の命を終わらせたじゃないか。美しいDNAを持つ彼女をね」
「……っ!!」
ローレンスの歪んだ口元からその言葉が放たれた瞬間、俺は引き金を引きそうになった。彼女の……ジュニファーの事になると、理性が吹っ飛びそうになる。
「彼女は素晴らしいプロセスを歩んでくれたよ。惜しむべきは、死んでしまった事だけどね。彼女のサンプルはこの子達の糧になってくれたよ」
「黙れっ!」
俺は冷静ではいられなくなり、人差し指に力を入れる。耳を劈く発砲音とともに、銃弾が何か粘ついた物を貫く音がした。ローレンスは傷一つついていない。代わりに後ろの大樹が、緑色の液体を垂らしていた。大樹は激しく蠢き、体液を撒き散らす。
「静かにしてほしいな。彼女が起きちゃうよ」
「彼女……?」
ローレンスの背後で、大樹の蕾が膨らむ。膨張した蕾は葉脈が浮き上がり、中に潜む何かをありありと映し出した。胎児のようにうずくまる何かは、外の世界に出ようともがく。寝起きが悪いみたいだな。レールが軋む音のような叫び声を上げ、何かは蕾を突き破って出てきた。羊水の代わりに、粘ついた樹脂のような白い液体を纏っている。臍の緒のようにつながる茎を引きちぎり、何かは這い寄った。緑色の肉塊のような何かは、目も鼻も無い。代わりに空洞のような穴と、蕾が2つ付いていた。白無垢のような樹脂を引きずりながら、何かは指の無い手足で床を這う。
「おはよう、ルーシー。お腹空いただろう? 食事の時間だよ」
ルーシーと名付けられた何かは、産声のような呻き声をあげた。その声に応えるように、シリンダーの中がざわめく。ぽっかりと両側に空いた穴でざわめきを捕らえると、ルーシーは信じられないほど機敏な動きでシリンダー目掛けて這う。ルーシーがシリンダーに激突すると、中から液体とともにクロロノイドが引き摺り出された。下半身が薔薇の苗のクロロノイドは、その場を動けないでいる。ルーシーの顔の穴が裂け、無防備なクロロノイドを飲み込んだ。ルーシーの口からは茨のような牙が生える。手足の先が蠢いて、5本の指が生まれた。発達した腕で、ルーシーは次々とシリンダーを破壊し、クロロノイドを貪る。俺は思わず、茫然として目の前の悍ましい光景を見ていた。シリンダーから引き剥がされたクロロノイド達は助けての一言もあげられず、腹を空かせたルーシーに食われていく。指から長い爪が生え、クロロノイドの頭を串刺しにするルーシー。人間のような形の鼻が生え、残ったクロロノイドの匂いを嗅ぎ取るルーシー。成長していくルーシーの様子を、ローレンスは愛おしげに見ていた。まるで我が子のように。ルーシーは次第にただクロロノイドを食べるだけじゃ飽き足らず、手足を一本ずつ引きちぎって食べ始めた。悲鳴にならないクロロノイドの声を聞くと、ルーシーは歪んだ笑みを浮かべる。食べ物で遊ぶなんてロクな大人に育たないぞ。育ち盛りのルーシーは欠片1つ残さず喰らい尽くし、残った体液も舐め取った。目の前で同族が食われているのを見て、ロゼッタは激しく嘔吐する。




