File.10 イエローに咲き乱れるは狂花
「また、アンタが邪魔するノ? アンタはいつだってそうよネ。アタシがオニクを食べようとすると、アンタはいつも来るよネ」
パンジーはロゼッタを見るなり、ドスの効いた声を出す。緑色に染まった瞳に、凶暴さが見え隠れする。ピクルスは口周りの血を舐め取り、俺に向き直った。反抗的な緑色の同胞に、ピクルスも顔を顰める。
「目障りだワ。美味しくないアンタなんかいらないノ。ピクルス、バラバラに解体しちゃっテ!」
パンジーの指示が耳に入るなり、ピクルスはロゼッタに躍りかかる。俺はピクルスの目玉目掛けて発砲した。残った目玉も潰れ、ピクルスは悶絶する。ロゼッタは腕に巻き付く触手をしならせ、ピクルスの身体を縛り上げた。薔薇の棘付きの触手はピクルスの体に食い込む。ピクルスは狂ったように吠え、激しくもがく。だが、ロゼッタもその体に似合わず怪力だ。歯を食いしばり、触手を離そうとしない。
「だからアンタなんかお呼びじゃないノヨ! もう一度消し炭にしてあげるワ!」
パンジーの両手の蕾が開く。その行動が何を意味するのか、頭より先に身体が動いていた。俺はナイフをパンジーの蕾目掛けて投げる。ナイフは蕾を深々と突き刺し、パンジーの炎が暴発した。蕾の中で火炎が炸裂し、パンジーの片腕が弾け飛ぶ。緑色の血を撒き散らし、パンジーはよろける。その隙を付き、ロゼッタは渾身の力を込め、ピクルスの体を投げ飛ばした。ピクルスの体は炎の中に投げ込まれる。触手に巻き付かれたまま、ピクルスはけたたましい咆哮を上げた。触手ごと炎に引き寄せられ、ロゼッタから呻き声が漏れる。
「ロゼッタ! 触手を離せ!」
「ダメ! 今離したらデビッド……危ない!」
触手の焼ける匂いがするたびに、ロゼッタは苦しげな声を上げる。ロゼッタと炎との距離が近くなってきた。俺はロゼッタの触手を掴み、ロゼッタから炎を遠ざける。炎に包まれたピクルスが、陽炎の中から現れた。緑色の血に染まった両目で、憎々しげに俺達を見る。ピクルスは触手に噛みつき、ロゼッタを炎に引き摺り込もうとした。
「こっちだ! 化け物!」
俺の声に驚き、ピクルスは一瞬動きが止まる。その隙を見逃さず、俺は引き金を引いた。銃弾が炎の光を反射し、閃光と化す。銃弾はピクルスの眉間を砕き、脳髄を突き抜けた。ピクルスは咆哮と共に血を吐き、炎の海に沈む。炎に焼かれるピクルスの身体はしばらく痙攣していたが、やがて動かなくなる。ロゼッタは触手を離し、警戒しながらピクルスをしばらく見ていた。
「ああっ! ピクルス! ピクルスゥゥゥー!」
パンジーは取り乱し、炎の中に駆け込む。千切れた腕先が燃えてもお構いなしに、パンジーはピクルスを抱き上げた。ピクルスは既に生き絶え、炭と化している。燃え尽きて小さな塊になったピクルスを、パンジーは愛おしげに抱きしめた。
「ピクルス……ピクルスゥゥ……」
一度も出したことがないであろう涙が、パンジーの目から流れる。パンジーは片腕の蕾を開き、ピクルスの亡骸に食らいついた。炭化した友達なんか美味しくないだろうに。なんてこった、共食いしてやがる。あれほど不味いと言っていた同胞を、パンジーは跡形もなく平らげようとしていた。俺には理解できない。こいつのやっている事が。
「アナタだけが……アナタだけが……アタシの友達だったのニ……」
パンジーはうわ言のように呟く。蕾から炭の欠片を溢しながら。ますます分からない。コイツは友達だと言いながら、その友達を食ってるんだ。ロゼッタもこの異様な光景を見て、硬直していた。パンジーはピクルスの肉片一つ残さず食い尽くす。長い沈黙の中、咀嚼音だけが響き渡った。
「待っててネ、ピクルス。今、あの二人をバラバラにしてあげるからネ」
パンジーは口周りの渇いた血を拭き取り、憎悪に満ちた目を俺達に向ける。ピクルスへの歪んだ愛情と、俺達への激しい憎悪に、パンジーの声は震えていた。残ったもう片方の蕾がゆっくりと開く。ロゼッタは触手を鞭のように振り、パンジーの腕を引き裂いた。俺を庇うように、ロゼッタは俺の前で触手を構える。パンジーの蕾が千切れ、大きくよろめく。
「あ……あ……痛いワ……。かわいそうに……ピクルス。アナタもこんなに痛い目にあったんだネ……」
パンジーは焦点の合わない目で、腕から血を流し続ける。うっとりとした表情で、パンジーは肩から流れる自分の血を舐めた。コイツ、お友達が死んでおかしくなっちまったのか?
「でも大丈夫だヨ。アナタの痛みの分、あの二人にも苦しんでもらうからネ」
パンジーは狂気じみた笑みを浮かべ、肩から触手を生やす。緑色の粘ついた体液を絡ませながら、触手は次々と伸びる。触手はやがて茎のような腕と化し、蕾が芽吹いた。振り出しに逆戻りだ。開花したばかりの蕾が、鋸のような牙を覗かせた。
「アンタ達はピクルスの仇! ハラワタ引きずり出しテ、いっぱい遊んでから殺してあげるワ!」
パンジーの蕾がロゼッタの身体を捕らえる。ロゼッタはもがくも、蕾の牙がロゼッタの身体を削った。口から血が漏れ、ロゼッタは苦しげな声を上げる。ロゼッタは爪を振り翳し、蕾に突き立てた。
「ウクフフフ、苦しいデショ? ピクルスはアンタより苦しんだノヨ!」
パンジーは蕾ごとロゼッタを地面に叩きつける。呻くロゼッタを、パンジーは焼き殺そうと息を吸い込む。俺はすぐさまロゼッタを抱えながら、地面を転がった。パンジーから放たれた火炎が、俺の毛先を焦がす。俺はパンジーに数発発砲した。銃弾が蕾を貫き、そこから炎が溢れる。暴発する炎に、パンジーは飲み込まれていった。俺はジャケットを脱ぎ、ロゼッタに着せる。
「大丈夫か? ロゼッタ」
「う、うん」
ロゼッタは縋るようにジャケットを着る。緑色の新米警官の誕生だな。
パンジーの姿は見えない。炎の中から見えるのは、無造作に散った蔓だけだ。燃え尽きちまったのか? 汗を拭い、俺はロゼッタに向き直る。ロゼッタは出血している俺を見て、浮かない顔をしていた。ロゼッタは姿勢を低くし、触手を構えている。……やっぱり許しちゃくれないか。俺は銃を下ろし、ロゼッタを真っ直ぐ見た。殺されるなら本望だ。ここで終われば、罪滅ぼしができるんだからな。ロゼッタは一気に俺目掛けて飛びかかった。
「デビッド! 危ない!」
いや、俺じゃない。ロゼッタは俺を飛び越え、背後にいたパンジーを刺し貫いた。上半身だけになったパンジーが、胸元を触手に貫かれている。片腕は捥げ、身体は所々焼け焦げていた。パンジーは半分焼け爛れた顔で、不気味に笑う。俺は茫然として、しばらく動けないでいた。
「ハ……ハハ……。どうして分かったノ……?」
「デビッドは私の大切な人。傷つけさせはしない!」
ロゼッタは叫ぶ。その叫びは間違いなく、人間のものだった。パンジーはロゼッタを嘲笑うと、触手を片手で引き抜き、地面に転がる。
「ひどいネ。これじゃあ治せないワ……」
パンジーの傷口は焼き切れ、血液すら出てこなかった。パンジーの呼吸は次第に弱くなる。ロゼッタは、なおもパンジーを警戒していた。
「ごめんなさい、ローレンスさん。アタシ……約束……守れなかったワ……」
「ローレンス……?」
パンジーは虚ろな瞳で炎を見つめる。物憂げな顔は、迷子センターにいる子供みたいだ。ロゼッタは聞き慣れない言葉を反芻する。
「ローレンスさんは、アタシにピクルスを……友達をくれたノ。君達は特別な子だっテ。選ばれた子だっテ」
パンジーは白い研究所を片手で仰ぐ。とんだ箱入り娘だ。コイツにとっての世界は、あの薬臭い研究所しかなかったんだな。
「待っててネ……ピクルス。今、アタシもアナタと一緒ニ………」
パンジーは残った片腕に話しかけるように呟く。うっとりとした表情のまま、パンジーは蕾を開き、自分に向けて火を放った。黒々とした液体とともに、炎がパンジーを襲う。
「バイバイ……お兄さん、お姉さん。楽しかったワ……」
パンジーの弱々しい笑顔が、炎に消えていく。俺はなりふり構わず炎を掻き分け、パンジーを探した。どうして俺はパンジーを探しているんだ? 奴は俺達を殺そうとした化け物だぞ。いや、アイツは好きで化け物になった訳じゃないんだ。二つの考えに板挟みになりながら、俺は炎の熱に焦がされる。
炎は灰を残し、何事もなかったかのように消えていく。パンジーの姿は影も形もない。火の粉に混じり、黄色い花びらが舞い散る。花びらは塵となり、研究所の方へなびきながら消えた。
「……バカな奴だ」
俺は灰を握り締めて呟く。この雨のせいだ。この雨のせいで……あの研究所のせいで、パンジーは狂った。パンジーだけじゃない。ロゼッタも、ジェニファーも、交番の奴らも……。この雨が降らなかったら、今頃みんな笑っていただろうよ。ロゼッタは恐る恐る俺に近づく。
「デビッド……」
ロゼッタは俺に手を差し出す。長く尖った爪を当てないように、慎重な手つきで俺に差し伸べた。一度は拒絶した手を、俺は離さないように握り締める。爪が食い込み、ロゼッタが怯えた顔をしても、俺は握り続けた。
「……悪かったな。お前は、俺を信じて来てくれたのにな」
「私、デビッドと一緒に生きていたいの」
俺はロゼッタを抱きしめる。俺は……俺はロゼッタの思いを踏みにじる所だった。俺も同じ思いだったんだ。雨に濡れても構わず、俺はロゼッタを抱きしめ続けた。俺はお前と同じ存在にはなれねぇみたいだ。お前と同じだったら、お前の苦しみも分かっただろうにな。
「……行こう。これ以上苦しむ奴を出さない為にも、この雨を止めるぞ」
「……うん!」
俺はロゼッタの手を握りながら、研究所に向かって一歩を踏み出す。憎らしい雨よ、降るなら降れ。俺の身体を濡らすなら濡らせ。お前が止む日もそう遠くはないぞ。




