第7話
クローゼットのハンガー掛けには洋服のかわりに長いロープが掛けられていた。人間の頭が入るほどの隙間を残した結び目付近は何度も結び直したのか、少し繊維が毛羽立っているように見える。
まだ真新しいロープを横目で見やりつつ、いまだ固まったままの優太に俺は静かに告げる。
「確かに転職が上手くいかないのは当然だ。お前にははなから転職するつもりなんてなかったんだから」
優太は普段自炊をしているのに、昨晩確認した冷蔵庫の中身は空っぽだった。普段自炊をしないこの俺でさえ、調味料や水といった最低限のものは常備しているのにおかしなことだ。
さらにゴミ箱の横に置いてあった漫画雑誌の束にも違和感があった。中学生の頃からハマって買い続けている漫画雑誌を、しかも昨日発売されたばかりのものも含めて処分するなんて、相当な理由が無い限りはできないことだ。
以上から推察できるのは、優太が自殺をはかるために身辺整理をしていたという可能性。
優太は周りから迷惑を掛けられても、自分が周りに迷惑を掛けることには極端に抵抗がある人間だ。そんな優太が死ぬと決めたのなら、まず自分の死後のことを真っ先に考えるに決まっている。
だが変なところで律儀になって何になる? お前のことが分からない。俺は痛む胸を押さえながら続ける。
「そして二週間前、お前がラインで死にたいと連絡を寄越したのは、転職に悩んでいたからじゃない。……花純が亡くなったからだな?」
昨日優太が花純と連絡を取っている様子が見られなかったのは、喧嘩しているからじゃない。連絡を取りたくても取れなかったから。
手帳につけられていた日付のバツ印が先々週の今日を最後につけられていないのは、それ以降花純と会えなかったから。
嘘をついてまで花純と変わらず仲が良いのを装ったのは、俺に迷惑を掛けたくなかったから。
「一体どこまで自分を犠牲にすれば気が済むんだ……!」
俺にラインを送ったとき、本当は全部話したかったんじゃなかったのか? どうして話してくれなかったんだ。俺はそんなに頼りないのか?
言葉は次々に浮かんでくるのに、その一つとして俺の口からは出てこない。
唇を噛みしめる俺に、優太の諦めたような声が届く。
「……三ヶ月前に仕事を辞めたのは、残り少ない命の花純と少しでも長く一緒に過ごしたかったからだ」
ぽつりとこぼされた真実に、俺の心にたまり続けていたものがついに氾濫する。
「どうしてだよ! どうして言ってくれなかったんだよ。一言でも相談してくれれば俺は……」
「言えるわけないだろ! 花純が死んだことも、俺が死ぬことも……大切な幼馴染みにどうやって話せばいいって言うんだ……!」
「優太……」
初めて明かされる優太の思い。
俺にはそれを受け止める資格があるのだろうか。優太も花純も守れなかったこの俺に。
「もう俺のことは放っておいてくれ。頼むよ、英介。俺を花純に会わせてくれ……」
優太の懇願するようなか細い言葉に、思わず顔が歪む。
俺は優太とずっと一緒にいたにも関わらず、優太のことを全然分かっていなかった。いつも自分を支えてくれる存在に甘え、自分の理想を押しつけ、いつの間にか優太を追い詰めてしまっていたのかもしれない。
今更気付いた事実に後悔の念が沸き上がるのを押さえながらも、俺は優太の顔をしっかりと見据える。
「それはできない。……優太が花純を裏切るようなことをさせない責任が俺にはあるから」
「俺が花純を裏切る?」
「やっぱりその様子じゃ気付いてないみたいだな」
俺はなおも首を傾げる優太の目の前に例のハムスターのぬいぐるみを掲げ、その背中の再生ボタンを押下する。




