第2話
一月のとある土曜日の夜。
新年会シーズンもようやく落ち着いてきた今日、俺は優太の家を訪れていた。
優太と俺は社会人になってからもそれなりに会える距離に住んではいるが、ここ二ヶ月ほどは仕事が忙しく顔を合わせる機会がなかった。しかしとあるきっかけから、俺がいつもよりは大分しつこく優太に打診したことで、今日の宅飲みが実現したのだ。
「英介。俺、死にたい」
優太からそんなラインが届いたのは今から一週間前のことだった。幼い頃から元気だけが取り柄の優太からこんな言葉を聞くのは初めてだった。優太の泣き顔を見たのは後にも先にも優太のじいちゃんが亡くなった時だけだ。当時飼っていたハムスターが病気で早くに死んでしまっても、弟たちの手前、必死に涙をこらえていたのを俺はよく覚えている。痛みや苦しみに弱い俺と違って、優太は我慢強くたくましい、俺の憧れの存在でもあった。そんな奴が死にたいと連絡してくるなんて……。信じられないという気持ちを頭の端に追いやり、ひとまず俺は「今すぐ行くから死ぬな!」と返信した。その後上司に「親友が死にそうなんで帰ります」と声高に宣言し会社を飛び出し、全速力で優太の住むアパートへ向かった。
築四十年ほどのアパートの階段を駆け上り、二階の角部屋のインターホンを連打する。なかなか開かない扉に耐えきれず、今度は扉を殴りつける。近所迷惑になるとか下手したら警察を呼ばれるかもとかそんなことを考えている余裕はなかった。額から汗が噴き出す頃、ようやく扉が開いた。無精ひげをはやした青白い顔の優太の姿を見た瞬間、俺はその場にへたり込み年甲斐もなくわあわあ泣いた。その様子を見た優太が逆に慌てたほどだった。
しかしほどなくして、俺の汗と涙はあっさり裏切られる。
コンビニ弁当の空き箱やビール缶で埋め尽くされたワンルームで優太から聞いたのは、転職が上手くいかないことに対する悩みだった。
俺と会わない間に優太は仕事を辞めていた。給料に見合わない仕事量と融通の利かない上司への不満を以前すでに優太から聞いていた俺は特に驚かなかった。いくらお金を稼ぐためとはいえ、そんな環境で長く仕事を続けるなんて辛すぎる。そして優太は退職後少し経ってから転職活動を始めた。しかし状況は芳しくなく、面接を受けては落とされというのを繰り返すうちに自分は価値のない人間なのだと思うようになり、表面張力によってかろうじて保たれていた負の感情が決壊してしまった結果が、あの物騒なラインだったらしい。
「俺はてっきり不治の病にかかったとか、親が借金して多額の負債を抱えることになったとか、大切な人が死んで立ち直れないとかそういう感じのことだと思ってた」
俺が唇を突き出しながら冗談交じりに漏らした言葉に目を瞠った後、優太は子どもの頃からちっとも変わらない太い眉を申し訳なさそうに傾けた。
「悪かったよ。ちょっと大げさすぎたよ」
「ホントだよ。今度その手の冗談言ったら絶交な!」
「なんだよ、それ。子どもかよ」
「ほっとけ」
ぶすっとすねる俺を見て優太が盛大に吹き出す。その顔にはもはや先程までの憂いは残っていなかった。
「俺はともかく、花純には絶対心配かけんじゃねーぞ」
「はあ~俺は良い友達に恵まれたな~」
「おい、こら、聞いてんのか?」
その夜も例のごとく二人で酒盛りをした。当然朝まで飲んだ。




