第四章 シンバルの一撃
少年は、シンバルという楽器に立ち向かう。
最初のうちは、何も分からなかった。
音楽室の中で、どこに立っていればいいのかすら曖昧だった。
譜面は読めるが、「入る場所」は別の問題だった。
シンバルは、ずっと待っている楽器だった。
ほとんどの時間は、何もしていない。
それでも、何もしていないことが仕事のようだった。
曲の中で、数える。
息をするように、小節を追う。
それだけの時間が長かった。
最初の練習では、何度も早く入った。
まだ音が膨らんでいない場所で、金属の音だけが浮いた。
そのたびに、顧問の声が止まった。
「今じゃない」
その言葉は短かった。
説明はなかった。
ただ、違うということだけが残った。
遅れることもあった。
そのときは、すでに音が終わったあとだった。
自分の音だけが、少し遅れて空気に落ちた。
それが一番いやだった。
曲の中に入れないまま、音だけが残る。
そんな日が続いた。
ある日、OBの男が来た。
いつもは何も言わない人だった。
演奏が終わると、ただ楽譜を見て、帰っていくような人だった。
その日も同じだと思っていた。
だが、違った。
演奏のあと、少しだけ沈黙があって、それから言った。
「今のシンバル、よかったな」
すぐには意味が分からなかった。
自分に向けられた言葉だと気づくまでに、少し時間がかかった。
「入り方と音がいい」
そう言って、OBはそれ以上は何も言わなかった。
それだけだった。
それなのに、その言葉は妙に長く残った。
絶妙の入り方。
その言葉だけが、頭の中で何度も繰り返された。
そのあと、小太鼓を担当している一年下の女生徒が、何気なく言った。
「それ、家で聞いた」
誰かが、どこかでその話をしていたらしい。
自分の知らない場所で、自分の音の話がされていた。
それが、妙に落ち着かなかった。
それでも、練習は続いた。
入るタイミングは、まだ完全には分からなかった。
ただ、曲の流れの中に「少しだけ遅れて入る場所」があることだけは、分かり始めていた。




