第三章 空いた席
ニ年生になった時、生徒会長に半ば強引にブラスバンドに勧誘されることになる。
退院してから、すぐに学校へ戻ったわけではなかった。
体力が戻るまで、と言われた。
その「戻るまで」がどれくらいなのかは、誰もはっきり言わなかった。
二年生になった頃、教室の空気は少し変わっていた。
変わっていることだけが、はっきり分かった。
最初に声をかけてきたのは、生徒会長だった。
この学校では、学年に関係なく全校投票で会長が選ばれる。
廊下で会ったとき、彼は前と同じような顔をしていた。
特別なことは何もなかったみたいに。
「お前、そろそろ部活どうする?」
その言い方は、相談というより決定に近かった。
返事をする前に、話は進んでいた。
ブラスバンドが人手不足だということ。
顧問が困っていること。
生徒会長も入っていること。
トランペットを吹いているらしかった。
最後に、それが当然のように言われた。
人懐っこい顔で「お前も来いよ」
断る理由はいくつもあったはずだった。
けれど、どれも口には出なかった。
入部届は、その日のうちに机の上にあった。
名前は、もう書かれていた。
少しだけ雑な字だった。
それが誰の字かは、すぐに分かった。
顧問は理科の教師だった。
理科室のような匂いがする音楽室で、楽器の説明を受けた。
トランペットを見たとき、最初に思ったのは音ではなかった。
金属の冷たさだった。
口をつける場所は、思っていたより小さかった。
一度だけ吹かせてもらえた。
音は、うまく出なかった。
それでも、その音がどこか遠くへ伸びていく気がした。
だが顧問は、すぐに首を横に振った。
「肺のことがあるからな」
その言葉は、説明ではなく判断だった。
誰かが決めた線の内側に、自分は入っているのだと思った。
そのあと、打楽器を見せられた。
並んでいる楽器の中で、シンバルは一番目立たなかった。
渡されたとき、特に説明はなかった。
ただそこに置かれたものを、持つだけだった。
それまでシンバルを叩いていた男子は、嬉しそうにトロンボーンのケースを開けていた。
金色の管を伸ばしながら、何度も試すように息を吹き込んでいた。
その顔を見ていると、自分だけ置いていかれる気がした。
けれど、それを言葉にすることはできなかった。
シンバルのベルトは、思っていたより重かった。
腕にかけたとき、自分が少しだけ後ろに下がった気がした。




