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第五章 知っている誰か
その話は、学校の中ではなく、学校の外側からやってきた。
小太鼓を担当している一年下の女生徒が、何でもないような顔で言った。
「この前のシンバル、褒められたんでしょ」
最初、意味が分からなかった。
そのあとで、少し遅れて思い出した。
OBの男の言葉のことだった。
「家で聞いた」
そう彼女は続けた。
近所のどこかで、その話が出たらしい。
誰が言ったのかは分からない。
でも、話はすでに自分の手から離れていた。
意外だった。
学校の中のことは、そこで止まると思っていた。
でも、いつの間にか別の場所に届いている。
自分の知らないところで、誰かがその話をしている。
そのことが、少し居心地悪かった。
女生徒はそれ以上は何も言わなかった。
ただ楽器のケースを持ち直して、歩き出した。
その背中を見ている間、自分のことが少しだけ遠くに感じた。
シンバルを鳴らしたのは、自分のはずだった。
けれど、その出来事はもう、自分だけのものではなくなっていた。
それが悪いことなのかどうかは分からなかった。
ただ、少しだけ落ち着かなかった。
練習に戻ると、音楽室の空気はいつも通りだった。
誰もその話をしていなかった。
それでも、自分の中だけで、何かが少し変わっていた。
音を出す前に、一瞬だけ待つ時間が増えた。
その「待つ時間」が、以前より長く感じられた。




