5.私
フリーダ嬢との結婚をどうするつもりなのか。母上に問いただせないまま、婚約開始から一年が過ぎてしまった。
そして、その間の秋に、ついにエルシエン老公爵閣下が亡くなった。
母上と共に葬儀に参加した時、葬儀で会ったフリーダ嬢は沈んでいるように見えた。彼女が元気になる様、私は励ましたかったが、今年の冬は雪が多く、中々会う事は叶わなかった。
手紙だけのやりとりにジリジリした気持ちを味わったが、エルシエン公爵と街に降りた。という内容の手紙を貰って以来、手紙から明るさが戻ったように感じた。
そうして冬の終わり頃にようやく会えた彼女は、葬儀の時とは比べて、憑き物が落ちたかのように明るく、私はとても安心出来た。
それにしても…
葬儀の時、王城にフリーダ嬢を住まわせないかと提案した母上には本当に驚いた。エルシエン公爵が断ってくれて良かったと思う。
会う回数が増えれば私の秘密が露見してしまう可能性が高まるのに、母上は何を考えているのだろうか?
私とフリーダ嬢の婚約を積極的に進めたのは母上と老公爵閣下である。公爵夫人は反対の様だったので、葬儀の後、婚約に何か変化がある事を期待したが、残念ながら何もなかった。
―――そうして婚約について私が悩んでいる間に春がまた訪れ、フリーダ嬢からとある提案を受けた。
「殿下、もう直ぐわたしの誕生日なのですが―――それに合わせてエルシエン公爵領に10日程お泊りになりませんか?」
ささやき声でフリーダ嬢から突然言われ、私は目をまたたいた。
いつもの王城の庭園で、2人で歩いている時だった。見える位置には誰もいない。
「それは、旅行のお誘いかな」
「はい、王都からは近いとはいえ、馬車で1日はかかりますもの」
「フリーダ嬢の誕生日に合わせてエルシエン領に旅行のお誘いとは。とても嬉しいな。―――母上が許してくれるならいいのだが」
―――私の秘密が露見する危険を考えて、曖昧な返事になってしまった。10日程なら侍女を連れていけば大丈夫だとは思うが…
「お父様の方からも、妃殿下にお願いして頂ける様、お願いしてみますね」
嬉しいが困る―――そんな曖昧な気持ちの私と違ってフリーダ嬢の顔は無表情だが、どこかウキウキとした感じがする。
婚約者として会う1年の間に彼女が無表情でもなんとなく感情が分かる様になってきた。
公爵夫人から、フリーダ嬢は表情が出るとあまり女の子らしくないから表情を変えないように。と言われているらしい。
確かに、たまに見せる笑顔は何故か不敵な笑顔になるのだ。正直格好いい。と思ってしまうような素敵な笑顔なのでもっと笑ってくれていいのだけれど―――無表情でもだんだん分かってきた彼女の感情を、見て分かる事への優越感があり、表情をもっと出してもいいのでは。という提案は出来ずにいる。
「エルシエン公爵領滞在中に―――護衛や侍女に秘密で街に降りませんか?」
私の耳に近づいて更に小さなささやき声で彼女はそんな提案をしてきた。
「えっ」
大きい声が思わず出そうになり、慌てて口に手を当てる。
随分と大胆な提案で驚いた。王都では出来ても私はやらないだろう。発覚してしまった後が怖すぎる。
ふふん。とどこか得意気な雰囲気を漂わせ、彼女は続ける。
「お父様にお忍びで連れて行って頂いた時、とても楽しかったので、殿下と一緒に行きたいのです」
「いや、護衛も侍女にも秘密というのは…」
「教えたら行列になってしまいます。変装をして2人だけで参りましょう」
一応抗ってみたものの、正直に言うととても心惹かれる。今は婚約者と城内の庭園なので、見える所に人はおらず、一応2人きりだが、大声を出せば直ぐに人は現れる。
いつもいる監視がいなくなればどんなに解放感があるのか。
悩んでいる私にフリーダ嬢が更に私に近づき、囁く。
フリーダ嬢の息が耳にかかり、同性のはずなのにドキドキした。
「殿下、こういう提案はひょっとしたらお気を悪くするかも。とは思うのですが、でもひょっとしたら喜ばれるのかな。とも思いますので、提案するのですが…」
「っ、何かな?」
歯切れ悪く呟かれる声と息がくすぐったい。心臓に悪いから早く言ってほしい。
「変装、2人で男女逆の格好をしませんか」
「えっ…」
「殿下が女の子の格好で、私が男の子の格好で。それなら誰にも殿下が殿下とバレないかと」
「…」
思わぬ提案に黙ってしまった。私が?女の子の格好?頬に熱が集まる。
フリーダ嬢と2人きりで。とても行ってみたい。
「それは、楽しそうだな」
同じささやき声でそう返事をした私に、フリーダ嬢は不敵な笑顔を見せた。
*************
フリーダ嬢の自領へ行く許可は意外とあっさりと出た。
『あらいいわね。エルシエン公爵家を良く見てくるのよ?この際だからきちんと調べて来て?』
勉強をして来いという事だろうが、母の言葉には含みがある様な気がする。…気の所為だろう。婚約者の自領を調べる事くらい、普通だ。
エルシエン公爵領は海に面した港町だ。交易が盛んで人の出入りも激しく、様々な物が取引されるという。
エルシエン公爵領までの道は人も物も往来が激しく、その分街道は整備され、滅多に野盗も出ないとの事だ。旅行先としてはとても良い所と言える。
と、一応調べたものの、今の私は目の前のドレスにそわそわしていた。
私が連れてきた侍女や護衛を誤魔化せる時間は限界がある。早く着なければいけないのに、まず眺めてしまっていた。
エルシエン公爵領に着いて数日。
私が連れてきた侍女や護衛には、私たちは庭園の東屋で本を読んでいると思われている。
フリーダ嬢に自信満々に我々に似せた人形を見せられた時は驚いた。顔はのっぺらぼうだが、シルエットと髪の毛は良く出来ている。
エルシエン公爵家の侍女―――イザベラというらしい―――の協力を得て、人形と入れ替わる作戦だった。
遠目には本を読んでいる間に寝落ちした婚約者同士に見えるかもしれない。
私とフリーダ嬢は人払いをし、連日庭園の東屋で本を読んだり会話したりして、あまり動かずにいつ侍女がこちらに来るか時間を何日か計った。その結果、侍女も慣れが出てきたのか確認しに来る時間が間延びしてくれていた。申し訳ないが確認に来た時に嫌な顔を見せたのも効果があったと思う。
「長時間は当然無理ですけれど、ちょっと行くくらいなら大丈夫かと」
ほんのちょっとしか街に出られない。でも、初めて着るドレスに非常にわくわくした。
着替えの手伝いを当然申し入れされたが、全力で断った。
なんとか1人で着るつもりだ。幸い、裕福層の平民が着るドレスは貴族の男性服よりも着やすそうだった。
街に出られる時間を考えると、あまりモタモタは出来ない。
はやる心を抑え、丁寧に素早く着ていく。コルセットが難しかったが、なんとか1人で着けられた。
事前に公爵家の侍女に貸して貰って夜な夜な練習していた甲斐があるものである。
…今更だが。フリーダ嬢には女装に興味がある王子と思われているんだろうな。と思う。
それでも、今を逃したら一生着られないかもしれないドレスがあるのだ。開き直って気合を入れて着た。
―――着替えが終わって部屋から出ると、1人の少年が廊下で待っているのが見え、私は固まった。
美少女が男装すると、当たり前のように美少年になるのだろうな。とは思っていた。
目の前の黒髪の少年は恐らくフリーダ嬢だろう。ゴツくて黄色い色眼鏡を顔に掛けているが、眼の色は誤魔化せても顔の良さは全く隠せていなかった。全ての顔のバランスが奇跡かというレベルで整っている。
しかも、いつもはたまにしか見せない不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。つい見惚れてしまった。先程のドレスを目の前にした時よりそわそわする。
「レイリー殿下」
「はい!?」
私にとっては突然に、横にいる侍女に話しかけられ、声が裏返る。
目の前のフリーダ嬢に見惚れて、全然気が付かなかった。声をかけられた方に向くと、今回協力してくれているイザベラという初老に差し掛かる年齢の侍女が立っていた。
恥ずかしさに顔に熱が集まる。
そんな様子の私に頓着せず、イザベラはカツラと大きなリボンを取り出した。
「付け毛をさせて頂きますね。頭をこちらへ」
「た、頼む」
私は気まずい気持ちでうつむいた。が、付け毛を着け終わり、鏡を見た途端―――気まずさは吹っ飛んだ。
「…あ」
私がいる―――
瞳が熱を持ちそうになって慌てて堪えた。これが、本当の私なのだ。王子殿下なんかじゃない。手が震えて、ぎゅっと鏡を握り込んだ。
「フリーダ嬢、誘ってくれて有難う」
声が震えない様に気をつけてゆっくりとお礼を言った。だが、フリーダ嬢は何故か赤くなっていって目を逸らされた。
「ええと、可愛い殿下が可愛い服を着るとより可愛いですね」
「!」
何を言っているのだろう。そんな事は言わないで欲しい!とてもフリーダ嬢を真っ直ぐ見れない。
お互い赤くなって目を逸らしてしまった。
「レイリー殿下、お互いの呼び名ですけど、わたしの事はジークとお呼びください」
ややあって、フリーダ嬢から提案がされた。確かに呼び名がそのままはマズイだろう。
「レイリー殿下の事は…レイとお呼びしても?」
男装のフリーダ嬢に微笑まれながら愛称を呼ばれた私はただ「はい」としか言えなかった。顔の熱が収まらない。
動かないでいる私にフリーダ嬢が腕を差し出してきた。―――エスコートだ。
人生で初めて受けるエスコート!
おずおずと腕に手を添えると、フリーダ嬢はにっこりと笑顔になった。
フリーダ嬢の笑顔は本人の魅力を更に高めるので、より心臓に悪い。
「きょ、今日は笑顔が多い…な?」
「お母様に笑顔になるなと言われているのは、女の子らしくない笑顔だから。という理由ですから」
だから今は存分に笑顔でレイを愛でられて嬉しいです。と言われて過去最大に私の顔は赤かったと思う。
最後までお読み頂き有難う御座います。




