6.デート
女装されたレイリー殿下はとても可愛らしかった。ちょっと可愛すぎでは?元々が男の子とは信じがたい。
初めてお会いした時、可愛いものを付けたい。でも怒られる。と言ってらしたので、やはり女装されてみたかったのだろうなと思う。
とても喜んでくださって嬉しい限り。
お礼を熱の籠もった眼差しで言われて、不覚にもときめいてしまった。
この方は男の子…男の子…男の子ですよね?女の子にしか見えないのだけれど、そんな事はあるはずがない。―――ないですよね?
とにかく、ドレスを着た殿下はとても可愛く、可愛いと素直に言うととても動揺して更に可愛いので、今日は街にいる間、男の子として殿下を可愛がりたいと思う。
着替えも終わり、こうやって2人で街を歩くと、レイリー殿下が今まで張り詰めていたのだと、とても良く分かる。
表情が全然違う。
別人ではないかと思うくらい、明るい笑顔で街を歩いていらした。そんな殿下の耳に、わたしは意識して低い声でささやく。
「レイ、屋台で何か買って食べてみませんか?」
「はい!?…はい。ええ買って、みたいな」
なんと、殿下から耳まで真っ赤になった状態で返事を頂けた。これはちょっとクセになりそうで怖い。可愛い。
「お嬢ちゃん、かわいいね!これおまけしてあげるよ!」
屋台のおじさんはそう言うと、購入した揚げ菓子を更に追加でレイリー殿下に渡してくれた。
「あ、有難う御座います」
レイリー殿下は目を輝かせて受け取ると、ぴょんぴょん跳ねた。
跳ねた。
…
え?何それずるい。あざと可愛い過ぎでは…?
目を丸くしてレイリー殿下を見ていると、我に返ったのか殿下が茹でダコみたいに赤くなった。
「…はしゃぎ過ぎた」
わたしから目線を逸らして歩き出し、もそもそと揚げ菓子を小さくかじりだす。
わたしは胸を抑えた。立ち止まりたくなるのをぐっと堪えてレイリー殿下に付いていく。
レイリー殿下が実は女の子などという事は?
―――ない。どんな理由で女の子が男の子として育てられるというのだろうか。
王妃殿下はわたしのお母様と違って心を病んでいるようには見えない。正常な人間ならそんな事はしない。
だから、レイリー殿下は女の子のはずがない。絶対に。
恥ずかしがって食べている男の子を見て心拍数が上がるのは気の所為。気の所為のはず。
そう無理矢理結論づけてなんとか心を持ち直した。
だからそんな赤い顔のまま、食べながらこちらをチラリと伺ったりしないで欲しい。心臓に悪いので微妙に視線をそらしてしまう。
「フリー…。ジークどうした?」
「いいえ。とても揚げ菓子を美味しそうに召し上がるので―――」
どうしてもイタズラ心が湧き上がり、レイリー殿下の揚げ菓子を横から齧ってしまった。
「!!」
目を丸くして更に赤くなったレイリー殿下に微笑む。
「欲しくなりました。ごちそうさまです」
「わ、私が齧った菓子じゃなくて自分のがあるだろう!味は一緒だ!」
「レイが可愛いのがいけないのです」
「!!!」
何故かレイリー殿下に叩かれた。
なんだかそれも楽しくてつい笑ってしまった。殿下はふてくされている様に見えもするが、怒ってはいない様だった。
先程より早いスピードで揚げ菓子を食べ始める。
わたしから逸らされた視線が街の中を見回し、そしてある所で止まったのをわたしは見逃さなかった。
露店で売っているアクセサリー屋だ。港町らしい、海のモチーフのアクセサリーが多い。
「食べ終わったら次はあそこを見ませんか?」
先回りしてわたしが提案すると、レイリー殿下はお菓子を頬張ったまま、目を輝かせて何回も頷いた。
…どうしよう可愛い。
「わあ…」
しゃがんでアクセサリーを見る殿下は、普段身に付けている貴金属と比べれば遥かに安物の商品が並んでいるだろうに、とても楽しげだった。
わたしはあまり興味はないけれど、楽しそうな殿下を見るのは好きなので、にこにこと眺める。
「綺麗だな…」
「そうですね」
私は殿下を。殿下はアクセサリーを。2人で暫く眺めていると愛想良く売り子が話しかけてくる。
「どちらもべっぴんでお似合いのお2人さんだね!そんなお2人さんにオススメはこちらだよ!」
店主はそう言うと、店頭になかったイヤリングを出してきた。
青紫色の、星の形をしたちょっと大ぶりなイヤリングだ。銀色の金属がまぶしてあるのか、揺れるとキラキラと光が反射し、綺麗だった。
「こちらのイヤリングはね、隣の国では愛し合う2人が分け合って持って、お互い末永く健やかである事を祈るおまじないに使ったりするんだよ」
「へぇー」
そんな話は貴族の間では聞いた事がないので、平民の間のおまじないだろう。
「星の形のイヤリングは綺麗でいいね」
「やだねぇ、星じゃないよ!ヒトデだよ!ヒトデに毒を刺されて歩けなかった男が歩けるようになったって伝承にあやかってるのさ」
星だと思っていたらヒトデだった。お父様と釣りに出掛けた時にそういえば見かけた気がする。
「記念にひとつ買ってもいいだろうか?」
「もちろん」
「まいどあり!」
レイリー殿下は興味深そうに話を聞いた後、イヤリングの購入を決めた。ちなみに本日の財布役はわたしである。事前にお父様と買い物の経験をしておいて良かった。
レイリー殿下は当然、財布を出すという習慣はない。
「…ジークにはいつも貰ってばかりだ。ジークへの誕生日プレゼントで少しは返せるといいのだが…」
「お気になさらず。でも楽しみにしております」
イヤリングを2人で分け合い、ひとつをレイリー殿下に付けて差し上げた。
キラキラしたイヤリングは、レイリー殿下に似合っていた。
「…ジークに、私からつけてもいいだろうか?」
ちょっと赤くなったレイリー殿下にそう提案され、わたしは笑顔で頷く。
お揃いのイヤリングを付けて街を歩くのはくすぐったかったけれども、なんだかとても幸せ。
すぐ近くに見える海は、イヤリングと同じ様にキラキラ輝いていた。
そんな浮かれた気持ちで歩いていたせいか。気が付くのが遅れた。
最初は人が多くて、多少人に近付かれても違和感がなかった。でも気が付いた時には囲まれていた。
こちらの速度に合わせてぴったりと着いてくる横と後ろに4人。そして私たちの目の前には一番大きい男が歩いていた。
ぎょっとして囲みを抜けようと動き出す前に視界が白くなった。
「―――!」
白い布を被せられたと思った瞬間には既に抱えられていたと思う。叫ぶ間もなく口を上から抑えられて、走っている感覚がした。
剣術や護身術を習っていたけど何も役にたっていない。既に身体が浮いている感覚がした。担がれて走って運ばれている。
殿下は?殿下はどうしたのだろう?
運ばれているのは自分だけなのか二人ともなのか、それすら判別がつかなかった。
もがいて脱出しようとしている時間は短く。唐突に地面に投げられた。
白い布を取ろうと動くと強い衝撃が身体に当たる。蹴られた事を身体の痛みで知った。
「おい、蹴っても問題無い方か?どっちが公爵令嬢なんだ?」
布越しに上から降ってきた言葉に身体が凍る。―――狙いはわたしで、殿下は巻き込まれただけなのか。殿下を逃さないと!
蹴られようとも関係ない。気合でどうにか顔を出すと、周りを見る間もなく、我々を誘拐したであろう男に胸ぐらを掴まれた。
「公爵令嬢は黒髪って話だけど―――」
言いながら男に片手で服を破かれた。あっという間だった。あっさりと服のボタンは弾かれ、落ちていく。肌が外気に晒される。
血の気が引いた。視線を隣に移すと殿下が白い布から顔を出してわたしを見ていた。
「コイツは男じゃねえか」
唐突に秘密は暴かれた。
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