3.うさぎ
フリーダ・エルシエン公爵令嬢と婚約してから3ヶ月が経ち、夏が始まっていた。
その間に手紙のやり取りをしたり、王城の庭園などで会い、順調に親交を深めてしまっていた。
正直、監視が直接的にない2人きりの時間が私には嬉しかった。粗相をして折檻を恐れる心配がない時間は、私にとってそれだけで安らげる時間だった。…いつかそれが終わる事は考えない様にしたが。
私が安心して会える事が良かったのか、気が合ったのか、彼女とは仲が良くなれたと思う。
3ヶ月の月日で分かったが、フリーダ嬢は中々個性的だ。
あまり自身を着飾る事に興味がないようで、いつも装飾品の少ない動きやすいドレスを好み、アクセサリーの類は殆ど着ける事が無かった。
反面、勉学と身体を動かす事は好きなようだった。
また、庭園を歩く事が好きなのは令嬢らしいのだが、花より虫の方が興味津々だった。普通の令嬢なら悲鳴を上げる虫でも触りたがる。カエルとヤモリを見つけた時はとても目を輝かせていた。…私は悲鳴を抑えるのに必死だったので捕まえ損ねてくれて大変に助かった…。
聞くと公爵家の離れと中庭程度しか行き来するしかない生活で、あまり自然と触れ合える機会が無かったという。
「あまり外出が許されないのです」
フリーダ嬢はあまり表情が動かない。それでもしょんぼりとした気配を感じさせた。
実は他の令嬢からの噂話でこんな事を聞いた事がある。
「フリーダ様は、離れに閉じ込められていて、本館に立ち入らせて貰えないそうですよ。今のご当主はフリーダ様の本当のお父様ではないと聞きますし、ご高齢の老公爵閣下がお亡くなりになったらどうなってしまうのかしら…」
その話を聞かせてくれた令嬢は心配だわ。と言いつつ口元に笑みを浮かべながら教えてくれた。
フリーダ嬢と公爵夫人が離れに暮らし、エルシエン公爵家当主は本館で暮らしているという別居状態なのは暗黙の事実らしい。市井に実は愛人と子供がいるという噂もある。
そんな話を聞かされてしまった私は彼女が不当に扱われているのか気になってしまい、思い切って公爵家の居心地は良いのか聞いた事がある。
「居心地ですか…それなり。だと思います」
「…エルシエン公爵とは話すことはあるのか?」
「お父様ですか?ええ。最近はお母様よりずっと話す事が多いですね」
物凄く意外な事を言われて私は目を丸くした。フリーダ嬢はだが、そっと目を伏せた。その様子が気になって質問してしまう。
「何か気にかかる事でも?」
「いえ、お父様とは血が繋がっていないのに、とても良くしてくださるのが座りが悪いと言いますか…」
私はとっさに言葉が出て来なかった。
私が待ち構えていた言葉は、エルシエン公爵家当主に無視されるか殴られるか。良くない待遇を受けている様な事柄だ。良くして貰っている理由が分からないから座りが悪いだなんて…。 私には未知だ。
そして考えて出てきた事は、どうしようもない言葉だった。
「フリーダ嬢が公爵家の令嬢だから。では」
我ながら酷い言葉である。でも私も、王子だから価値があるのだ。
言ってしまってから、良くない言葉だと思ったが言葉は取り消せない。
案の定、フリーダ嬢は眉間に皺を寄せた。
「令嬢だから…。ですか」
「その、すまない」
「いえ、娘という物はいずれ、結婚して家同士を繋ぐ物ですから、公爵家としては価値がありますものね…」
でも。と、フリーダ嬢は額に手を当てて続ける。
「関係ない。と思います。花冠の作り方を教えて下さったりもしましたけど、令嬢として私に価値を見出しているのなら、そんな事を教える必要はありませんし…」
「花冠…?エルシエン公爵が?」
更に物凄く意外な事を言われて私は固まった。フリーダ嬢は無表情で頷く。
「お父様は半分平民だったので貴族として育てられていない時期があったそうなのです」
そういえば市井に愛人がいるという噂があったな…
「それだと平民の中に親しい友人がいるのかな」
「いるようです。たまにお話して下さいます」
私の質問にあっさりとフリーダ嬢は答える。なんだか本当にとても仲が良さそうだ。
「そうか、とても仲が良いんだね。血がつながっていないのに変わっているね」
私の言葉に彼女は無表情に頷く。
「そうですね。私のお父様はかなり変わっているだけなのかもしれません。最近は勉学の他、領地の話など色々勉強になるお話をして下さいます」
「…」
私は彼女の言葉に目を伏せた。
継父とはいえ、父親ときちんと交流のある彼女が羨ましいと思う。陛下は特に私に興味はない様で、あまり会う事もない。
母上は…。
…。
理由が分からなくても、彼女が不当に扱われていないのなら何よりだと思う。
ふいに黙った私をフリーダ嬢はじっと見つめていた。彼女は私が黙り込むと見つめる癖がある。私は慌てて取り繕うように笑いかける。
が、私が何か言う前に彼女はドレスのポケットから小さい何かを渡して来た。
「どうぞ。作りましたの。宜しければ貰ってくださいまし」
渡された物は手の平に収まるサイズの小さなぬいぐるみだった。うさぎなのか猫なのか少々判別しにくい耳の長さをしている。
だがピンク色で可愛らしかった。
「有難う。これはうさぎ?」
「左様でございます」
ピンクの不格好なうさぎと完璧な美少女の彼女が合わなくて思わずふふふと笑ってしまった。
フリーダ嬢は私が可愛い物が好きなのに、王子ゆえに我慢していると思っている様だった。間違ってはいない。気遣いがとても嬉しかった。
「フリーダ嬢、本当に有難う。君が婚約者で私は嬉しいと思う」
手の中のうさぎを撫でながら思う。
婚約解消をしなければいけない。私は私のせいで彼女に迷惑をかけたくない。
でも、二人で会うこの時間は私にとってとてもかけがえのない時間になってきてしまっていた。手放すべきなのに、手放したくない。
また、どうやって手放したらいいのか…。
****************
「レイリー、今日はフリーダ嬢と何をしたの?」
フリーダ嬢と会った1日の終わり、城の一室で母は必ず彼女と何をしたか聞きたがった。
母は優雅に座っているが、私は立ったままだ。
「庭園を散策して、お話をしただけです」
「どんなお話?」
私はなんだか、この時間が嫌だった。母がいつも細かい所まで何をし、何を話したかを聞きたがるのが、なんとなく不愉快だった。
「…フリーダ嬢はエルシエン公爵と仲が良いそうです」
言われた事が意外だったのか、母はおっとりと驚いた顔をした。
「あらまぁ…。継子ですのに。どう仲が良くって?」
「勉学をたまに見てくれるそうです」
花冠の作り方を教えてくれたみたいです―――とは、なんとなく、言いたくなかった。
母の機嫌が悪くなりそうだ。そんな気がした。
春に作ってくれた花冠は押し花にしてある。流石に婚約者からの貰い物は可愛い物でも捨てられる事はない。
自分の部屋にフリーダ嬢のおかげで少しずつ可愛い物が増えるのが嬉しかった。
「そうなの、フリーダ嬢はどの勉強が好きと言っていたの?」
「…語学が1番好きな様です」
そうやって母からの質問をずっと受け続けてすっかり疲れてしまった。
私は、私の方こそ聞きたいのに。
―――私は女の子なのに、どうやって女の子と結婚するんですか?
最後に母は笑顔で私に言った。
「フリーダ嬢とは仲良くして、色んなお話をしてね?フリーダ嬢が何を好きで、何をされたら喜ぶか、何をされたら嫌がるか、何が嫌いか、何を大切にしているか―――よく、お話して?」
ね?と母は私に念を押す。
その笑顔が何故か爬虫類を想起させて、不愉快な気持ちがせり上がってくる。
思わず私はポケットの中のうさぎを握りしめた。
最後の言葉がとても粘つく感じで、とても、嫌な感じがした―――。
最後までお読み頂き有難う御座いました。




