2.公爵令嬢の事情
わたしのお母様はいつも怯えていた。
「いい?フリーダ。お前は女の子として生きなさい。男の子だと知られたら殺されてしまうわ」
わたしに淑女教育を施しながらも、戦える事も必要だと、誰もいない所でお母様から剣術を学んだ。
「わたしの命は誰に狙われるのですか?」
お母様は顔を歪めた。
「私の今の夫、エルシエン公爵かもしれないし、貴方の親戚かもしれない」
「分からないのに、わたしが男の子だと隠すのですか?」
「忘れないで。貴方の本当のお父様は暗殺されたのよ」
お母様は両手で私の顔を挟んだ。
「貴方は今のエルシエン公爵家当主の血が繋がった子供じゃないのよ。女の子だから生かされているのよ」
そう言ったお母様の顔は鬼気迫っていた。
お母様は心からわたしが男の子だと分かると殺されると信じていた。
「決して公爵家にも他の人にも、男の子だとバレては駄目よ。そして、生き残る為に何でも学びなさい」
いつもお母様は最後にはわたしを抱きしめて何度でも同じ事を言った。
…本当にわたしの継父はわたしが男の子だったら殺しているのだろうか?
わたしがそう疑問に思ったきっかけは、いつも私が通る外廊下にほど近い中庭で、いつの間にか継父がお茶の準備を整え、ひとりで休憩をするようになった時だ。お母様が不在の時に限っていつもいた。
わたしが近寄ると継父はお菓子をどうだい?と言ってきた。
わたしが無言でジッと見つめていると、継父はクッキーを半分齧り、「はい」と言って渡してきた。ああ、この人は―――
お母様がわたしと継父を会わせないようにしていると知っているのだな。と気がついた。わたしを殺そうとしていると疑われているとも。さっき半分食べたのは毒見だろう。
そんな事があってから、わたしとお父様が不定期にお茶会をする様になった。
お茶会ではお父様は色々教えてくれた。
花冠の作り方だったり、草笛の吹き方だったり。最初はそんな些細なものだったが、私が語学の勉強が中々進まないと相談すると一緒に勉強してくれたりもした。
そうやって過ごしたある日の事、あまり嬉しくない知らせをお父様が教えてくれた。
「レイリー第二王子殿下の婚約者候補のお茶会ですか…」
「うん。老公爵閣下から必ず出席する様にとのお達しだ。婚約者候補のお茶会というお題目だけれど、レイリー殿下の婚約者はフリーダ、君で決まりだろうね」
「…」
お母様に表情をあまり動かすなと言われているが、思わず眉が寄ってしまう。
本当は男の子のわたしが王子殿下と婚約…大変宜しくない事だと子供の私でも分かる。
「君のお母さんは反対したがっているみたいだけど…」
お父様は申し訳なさそうに老公爵閣下だけでなく王妃殿下からも内々とはいえ、かなり乗り気で話を頂いていると教えてくれた。
「一応、とても名誉な事で、決まったと言われたら大変嬉しく思いますと答えなきゃいけない事だよ」
「…お母様もですがお父様もあまり乗り気ではないのですね。エルシエン公爵家としては大変栄誉な事では?」
「いやー、別にエルシエン公爵家の栄誉はどうでもいいしなー面倒くさいし」
かなり雑なお父様の発言にピシリと固まる。
「お父様…栄誉はどうでもいいというのは…あとお口が良くないです」
わたしの指摘にお父様はふっ。と遠い目をした。
「僕は平民育ちなんだよ。口が良くないのは家族といる時は許してよ。老公爵閣下、すっごいヒトデナシでさー」
小声で始まった話に私はそっと周りを見回してしまう。お父様の声が届く範囲に人はいなくてほっとする。
「僕は老公爵閣下の愛人の隠し子で、親子共々ほったらかしにされてたのに、後継ぎが急遽必要になって、拉致されて公爵家の当主にさせられたの」
しかめっ面でお父様が衝撃の生い立ちを話してくれた。絶句している私をよそにお父様は続ける。
「そういう訳でエルシエン公爵家は正直本当どうでもいい。―――だから」
お父様は一転、優しい笑顔で付け加える。
「本当に婚約が嫌になったら言いなさい。どうにでもしてあげるから」
「…有難う御座います」
お父様から聞いた話が衝撃的過ぎてまだ消化出来ていないが、婚約が嫌ならどうにでもしてあげる。と言われて心が軽くなった。
心が温かくなった私にお父様は冷たく呟く。
「流石にあと数年でジジイもくたばるだろうからね」
「…」
親と子の関係の良さに、血の繋がりはあまり関係ないのだな。と思った。
そうして迎えた婚約者候補のお茶会。
初めてお会いしたレイリー殿下の印象は可愛い子。だった。
あんまり可愛いのでドレスも着ていないのに女の子と勘違いしてしまった。冷静に考えるとあり得ない事である。
実はわたしが同年代の子女と会うのはこの茶会が初めてだった。―――お母様が私と他の貴族をなるべく会わせないようにしていたからだ。
だからその時は彼がレイリー殿下だとは知らなかった。
初めて目にしたレイリー殿下は庭園の隅に隠れる様に丸まって、こちらを見る瞳は泣きそうに揺れていた。
今にも涙がこぼれそうなのを必死に堪えている様子が、守ってあげたくなる気持ちをわたしに持たせた。
顔を膝に押し付けている彼が可哀想で可愛く見えて、可愛い物が欲しいと言って悲しんでいるレイリー殿下は更に可愛くて。
慰めてあげたくて、あまり良くない事だとは思いつつ、庭園から勝手に花を拝借して花冠を作った。
花冠を作って差し上げたら泣きそうなのも収まって本当に良かったと思う。
お父様に言われた通り、私とレイリー殿下は婚約者に決まってしまった。
後で婚約解消になってしまう事がとても心苦しいが、わたしが女の子だと偽っている以上、仕方がない事だった。
せめて、婚約している最中は優しくして差し上げたいと思う。
次はぬいぐるみでも贈ろう。
どうにでもしてあげる。というお父様に頂いた言葉が私に安心を運んでくれていた。
けれども―――
「本当にレイリー殿下と婚約になるだなんて…。どうしたらいいの」
レイリー殿下との婚約が決まった後、エルシエン公爵家の離れの一室にて、お母様はそう言って項垂れた。そんなお母様にお父様から言われた事を伝えたくて、わたしは遠慮がちに声をかけた。
「お母様…お父様からお聞きしたのですが」
わたしがお父様の事を話し出した途端―――お母様は目を見開いてゆっくりとこちらに顔を向けた。
「どういう事?エルシエン公爵とお会いしたの?いつ?何故?」
目をむき、矢継ぎ早に質問を飛ばし、わたしに迫ってくるお母様は正直とても怖かった。
しかし、折角のお父様のお心遣いはお知らせしたかった。しどろもどろになりながら伝える。
「婚約が嫌ならどうにでもしてあげると言ってくださいました」
「会ったのね?駄目よフリーダ。私のいない所では会っては駄目」
「あの…。お父様はとても優しい方です」
わたしの精一杯の反論に、お母様はわたしの肩をつかんだ。
「とても優しい方!ええ、ええそうね。あの人もそうやって騙されて殺されたわ!フリーダ、誰も信じては駄目」
あの人、というのはわたしと血がつながった父親の事だろう。
「お母様…。お父様がわたしの血がつながったお父様を殺した訳ではないのでしょう?」
「知らない」
お母様は吐き捨てる。
「私は知らない。あの人を本当に殺したのは誰か。全部終わってからこの死体が犯人だと言われたわ!そんなのを信じろっていうの!?あの人は家の中で、後ろから刺されていた!顔見知りでないと出来ないのよ。騙されたという事なの!エルシエン公爵が貴女に優しい?何故?―――優しくする理由なんてないじゃない!!!」
興奮したお母様に叫ばれ、わたしは言葉に詰まった。お母様からお父様への不信はわたしが思ったよりずっとずっと大きい物だった事に背筋が震える。
そして、
お父様が何故わたしに優しくしてくれるのか。
その理由はわたしにも説明出来ない。
でも、なんだか、今は無性にお父様にお会いしたかった。
最後までお読み頂き有難う御座いました。




