第五話:急変
数分後、僕とフィオナは側近の後ろについていきながら城の廊下を歩いていた。城、と言っても首都のような荘厳さは無いな。どちらかというと要塞、と言った風体である。
そんな城の中を普段落ち着いていて、動きの一つ一つに余裕がある彼が今、ほぼ走りのような早歩きをしている。
やはり相当深刻なのだろうか。
…あまり聞きたくない話になりそうだ。
数分歩いたところで、領主の執務室についた。
「失礼致します」
3回ノックをし、執務室に入ると領主が軽く頷いた。前よりさらに疲れているな、精神的に参ってしまわないか心配でならない。
「夜遅くに呼び出してすまないな、だが君の耳には早く入れておくべきだと判断して来てもらうことにした」
「ご配慮痛み入ります。さて、お話、聞かせていただけますか?」
「ああ」
彼が椅子に座り直し、僕も姿勢を正す。
「まず、報告の使者は首都から馬で一ヶ月半、ここから5日の位置にある小都市だ。彼は今極度の脱水と空腹で倒れてしまっているため、ここにはいない」
フィオナが戦慄した顔で尋ねた。
「…てことはその小都市にはもう食料は…」
領主が頷く。嫌な予感が当たってしまったようだ。
「君たちが気づいた通り、すでにその小都市の食料は尽きている。使者が出発した時点で民衆は餓死し始めていたそうだから、もうすでに全滅しかけているだろう」
「待ってください!僕たちのスキルと魔術の介入がなくとも、灰の侵食はもっと遅いはずです。以前計算した時は…ええと…灰が地下深くの綺麗な土まで侵食し、植物の育つ余地が完全に無くなるまではあと一ヶ月ほど遅かったかと」
「そうだな、私も君からそう聞いていたよ」
「それに、植物が育たなくなったからと言って保存食は残っていたはずです。それを含めればあと半年は…」
「落ち着け、まずは報告の内容を全て聞いてからにしろ」
「わかりました、すみません」
「彼の話によると、都市は予備の保存食を少しずつ開放しながら日々を耐え忍んでいたそうだ。そして地下深くのまだ魔気に侵されていない土を掘り返し、直径五メートルほどの結界を作る魔法陣を使って小麦を育てることにも成功していた」
そんな方法があるのか。魔法陣って確か技術がなくてもそれに見合った魔力を消費すれば魔術と同じ効果を発揮できるやつだったよな。今後もしかしたら活用できるかもしれない、どこにあるのかわからないけど。
いや、今はそれどころじゃない。
「と言っても、魔法陣は一つしか所有しておらず、出来たのはせいぜいパン一つくらいだろうがな。気休めだ。そんな感じで試行錯誤を続けていた矢先、あれがきた」
なんだろう。あれって言われても、しっくりこない。
魔王とか?
フィオナが聞いてくれた。
「あれ、とはなんでしょうか」
「魔族の先遣隊だ。この辺りの様子を観察し、本軍に報告しているのだろう。駐屯していた騎士団が抵抗した結果、彼らに残っていた全ての食料を奪われ、魔法陣も破壊されたそうだ」
「その魔族というのは人々を殺さなかったのですか?」
「ああ、抵抗した騎士団と冒険者など皆殺しにされているが、それ以外は見逃されている」
なぜだろう。魔族は人類を滅ぼすのが目的では無いのか?
もしかしたら別の目的があって、人類が必要なのかもしれない。だが、何に必要だというんだ。なんか働かせるとかそういう感じ?でも魔気で飢え死にさせられそうになってるんだもんな。
…考えても答えは出ないか。少なくとも友好的な相手でないことだけは確かだ。
「なぜ見逃されたかは分からんが、今はいい。問題は次だ」
まだあるの?さっきから僕とフィオナは戦慄し続けている。
「先遣隊がその都市の中心に設置していったのだ。今も帝国を苦しめ続けている、あの兵器を」
「死の魔気を振りまく兵器、ですか」
「ああ、あれはやはり個人の魔術ではなく、魔術兵器だったようだ。現在はおそらく例の先遣隊が魔力を投入して制御していると思われる。これがどういうことか、分かるな?」
「ここにもすぐやってくると」
「ああ」
しかも今までとは濃度が段違いだろう。
「報告は今ので全てですか?」
「そうだ」
「説明、ありがとうございます。これから部屋に戻り、後どれくらいで魔気がここに到達するのか予想を立て、濃度が濃くなると吸い込むことによる健康被害が出るのかどうかを検証します」
「了解した、頼んだぞ」
僕とフィオナは一礼して執務室を出た。
今日は寝られないかもしれないな。
太陽と、段々と広がってきている灰色の空が姿を現したころ、僕とフィオナは書斎から出た。二人とも満身創痍である。
昨日の夜は大忙しだった。灰を濃縮し、実験用の小動物を捕まえ、到達時間を計算する。気づけば窓の外が白み始めていた。
「ユーリ、五分だけ休みましょう」
「まだ計算が終わってない」
「その計算、さっきから同じところを三回やり直しています」
言い返そうとして、僕は手を止めた。
……本当だ。おかしいな。
「五分です。私も休みますから」
フィオナはそう言って椅子に座った。彼女だって眠いはずなのに、僕が休まない限り、自分も休むつもりがないらしい。こういうところには、どうにも敵わない。
そんなこんなで、彼女の気遣いに救われながら終わらせたのだ。
前世では徹夜なんて余裕だったから大丈夫かと思っていたが、体が成長期だからだろうか。全く耐えられそうに無い。
何から何までサポートしてもらって、フィオナには頭が上がらないな。
特に実験用のラットのような生物を見つけて捕まえてくれた時はかっこよさすら覚えたものだ。これからお返していかなければ。
そんなフィオナも首をかくんかくんさせて目を瞑っていたから、先に部屋まで連れて行き寝かせておいた。
その後領主に報告をしに行って、かろうじて今日やることと、何か発見なり成果なりが出たら僕を起こしてくれという伝言を残して僕も眠りについた。
誰かに揺さぶられて目が覚める。フィオナが起こしてくれたらしい。
「おはよう、フィオナ」
「おはようございますユーリ」
「昨日、ていうか今日はありがとう。本当に助かったよ」
「それならよかったわ」
心なしかフィオナは嬉しそうだ。まだ何も解決はしていないものの———いや解決どころか増えたか。大量に。
それはさておき
前言っていたように自分が何か役に立ている今の庭に、多少は満足してくれているのかもしれない。
今日は何をしていたんだっけか。そうだ、実験と計算だ。
端的に言えば、実験は成功してしまった。高濃度の灰を吸い込んだ小動物は、目に見えて動きが鈍くなり、そのまま吸入を続けると死んだ。
人間でも同じ結果になるとは限らない。だが、安全だと考える理由もない。僕は記録用の紙を見直した。数値は間違っていない。測定もやり直した。
それでも、何かの間違いであってほしかった。
灰がここに到達するまでは、およそ二週間との結果が出た。計算に誤差はある。だが、長く見積もっても余裕はないとみるべきだ。
二週間で、灰への対策を考え、必要な材料を集め、実際に使える形にしなければならない。
……庭を広げる計画も、いったん見直す必要がある。
くそ、せっかくこれからの展望を想像しながら、希望を抱いていたというのに。全て台無しだ。
だが気にしている暇はない。今はフィオナもクルト達もいる。とりあえずみんなに話して方針を考えよう。それから——「おい!ユーリ!急いできてくれ!」
この声は…ハンスか
フィオナを連れて、部屋から出る。そこには急いではいるが少し興奮した顔のハンスがいた。
「朝は寝てしまって申し訳ない、どうした?」
「昨日飯をもらって帰ってった街の連中が自分の家族とか城門を開けて食料をもらうために側で野宿してる奴らに庭の実態を伝えていたらしいんだ。そしたら城門の前の奴らの目の色が変わってな、今日も問題なく飯がもらえたってことを確認したら俺たちも参加したいって言ってきたんだと」
「それは本当か!!けど少し待って」
あと一日様子を見てから参加、か。
これは朗報だ。だが雇う前に一つ計算する。
僕は結論を出したあと、ハンスに言った。
「わかった。朗報をありがとう、だが雇うのはとりあえず七人までにしよう」
「あ?なんでだよ、いればいるほどいいだろうが」
「いや、だめだ。現状では大量の人数を増やしてばんばん食料を配れるほどの規模と収穫量じゃない。それぞれの家で残りの保存食を節約しながら空腹に耐えている人々には申し訳ないが、体力もしくは土、植物関係の知識がある人を選りすぐってもらおう」
帝国の都市では、領主とは別に民から選ばれた指導者が存在する。暴動の時は抑えられていなかったようだが、このような話では取りまとめてくれるだろう。
「なんでそんなケチなんだよ、まだ食糧庫には飯が残ってんじゃねえか」
「前も同じようなことを言ったと思うが、消費量とこれから見込まれる収穫量が釣り合うか収穫量が上回ってないといつか食べ物が底をついた時、うちから崩壊するんだ。それは分かるだろ」
「それはわかるが…納得はできねえな」
まあ理屈で納得できないのもわかる。
「とりあえず現状は、だ。理解してくれ。これから順調に庭の規模が広がるわけではない」
「…そんなことわからないだろう」
「いや、その事について話がある。みんなを集めてくれ」
ハンスの顔が歪んだ。想定外の攻撃を喰らったかのような顔だ。
「……七人しか雇わないって話、まだ変わらねえのか」
「現状ではな」
「そいつら以外は、どうするんだよ」
言い返そうとして、僕は口を閉じた。
ハンスが気にしているのは、庭の収穫量だけじゃない。門の外で、いつ食べ物が手に入るかも分からずに待っている人たちのことだ。
「まあいい、この話は後にしよう。一旦人を読んでくる」
そう言ってハンスは出て行った。フィオナが心配そうな顔で窓の外を見ている。
「ユーリ。間に合うと思う?」
何に、とは聞かなかった。灰への対策か。庭の拡張か。それとも、これからここに集まる人たちを守ることか。
「……間に合わせる」
そう答えたものの、具体的な方法はまだ何一つ決まってはいない。
太陽に照らされた広い青空。その反対側では、灰色の空が静かに広がり続けている。
第五話お読みいただきありがとうございました
ついに…魔族が迫って参りました。次回か次々回で初めて戦闘描写があるかもしれません。
今後ともよろしくお願いします!!
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