第三話:滅びの国のガードナー
城門の上、スキルの力も借りながら急ごしらえで作られた演説台に立つ男が1人。下には数千の暴徒がひしめいている。
腹を空かせ、目を血走らせた男達、子供を必死にあやしながら佇むボロボロの女達。夢も希望も壊され自棄になっている冒険者。彼らを説得することはできるのだろうか———
会議で決まった計画は、シンプルだ。
庭を、魔気を中和できる規模まで広げる。
魔力は誰にでもあるし意思さえあれば、僕のスキルやフィオナの魔術を通して、分けてもらえるからな。
それに畑を耕し、種を蒔き、収穫するのは、結局は人の手だ。
全員は雇えないから、まずは体力のある者と、魔力量の多い者に絞る。最初に出せる食事は少ないが、魔気に毒された食べ物で死ぬよりは、ずっとマシだろう。
「君には期待しているよ」
「このような機会を与えてくださり、感謝します」
目上の人は苦手だが、期待されたなら行くしかない。後ろでフィオナやクルト達が不安そうに見送っているのを背中に感じながら、足場に上がった。
「皆さんに提案があるので、話を聞いてください!!」
精一杯、声を張り上げた。
一瞬、下の喧騒が止まる。城門の近くにいる数百人が、一斉にこちらを向いた。
と思ったのも束の間。
「……?」
よく聞こえなかったようだ。暴徒達は、なんだこいつ、という目で僕を見たあと、またすぐ門を叩き始めてしまった。
その時、最前列から屈強な男が二人、こちらにヤジを飛ばしてきた。
「おいそこのお前! 領主のお抱えの庭師だな? 何を偉そうに見下ろしてんだよ!」
「腹減って死にそうな俺たちを、安全なとこから眺めて楽しいか? 草いじってるだけの無能の分際で!」
「後ろの可愛い女はどうした? 彼女か? こんな時に女まで侍らせやがって……癒しも飯も足りねえな。おいそこのお前、降りてこいよ。今夜は俺が優しく可愛がってやるからよ」
下から、下品な笑い声が上がる。後ろでフィオナが身を縮めたのが、気配で分かった。
……我慢の限界が、一気に近づく。
殺してやろうか。あいつ。
拳を握り締め、手に魔力を込める。心臓部から肩、腕と順番に。足元の石垣の中で、根が蠢き始めている。
このスキルは、相手より高所にいる時だけ、戦闘面でも強い。根は下から上に伸ばすのはあまり強くないが、上から下に戦闘に使えるような根を張れば、あいつらを殺すなんて簡単だ。
振り向いた時、ちらっと視界に入ったフィオナの顔は、赤くなって、震えていた。
我慢できるものか。こんな奴ら、助けたくもない。
……いや、待て。落ち着け。ここで手を出したら、こいつら以外の民達も、僕たちの説得に応じてくれなくなる。冷静に考えるんだ。
……ここは、引くしかない。
僕は深呼吸をして、拳を無理やり緩めた。
城門から少し離れたところで、臨時の作戦会議だ。クルト一行とフィオナ、それに領主の側近が集まってきた。
「フィオナさん、すみません。僕のことを見守っていてくれたがために、あんなこと言われて……」
「大丈夫です、気にしないでください」
フィオナは無理に笑って見せたが、その声は震えていた。
「貴方が手を出さなかったのは、正しい判断だと思います。作戦を練り直しましょう」
大丈夫そうには、全く見えなかった。フィオナには借りが積み重なっている。この件が片付いたら、ちゃんと返さないと。
「声が届いていない以上、まずは話を聞く気にさせる必要があります。目に見える形で、何かを示さないと」
……そうだな。言葉だけでは、届かない。
僕は周囲を見渡した。門のすぐ内側に、灰を被って枯れた空き地が広がっている。
「フィオナさん。あそこに、小さな緑地区画を作れますか? 今すぐ」
「可能です。ただし、規模はかなり小さくなります」
「それでいい。クルトさん、人を集めてください。成果を見せるまでは、誰にも近づけさせないで」
クルトが短く頷き、部下を連れて移動を始める。
「あ、待ってください」
「あ?なんだよ」
「一つ頼みがあります」
僕の話を聞いたその人物は、少し不服そうな顔をしながら「わかった。借り一つだ」と了承してくれた。
準備が整うと、僕は足元の土に掌を当て、スキルを展開した。地中の根が、灰に汚染された表土をやさしく押しのけ、下層のまだ生きている土を持ち上げる。フィオナの魔術がそれに重なり、薄い緑の光が地面を駆け抜けた。
わずか数分。直径五メートルほどの円形の区画が、できあがった。
灰の匂いが消えた代わりに、湿った土の匂いがする。小さな芽が二、三本、頭をのぞかせている。根を動かして、芽を数センチ伸ばした。
「あとは、どうやって気づかせるかですね」
フィオナが息を整えながら言った。
僕は再び足場に上がった。今度は叫ばない。区画から摘んだ大きな葉を何枚も、門の上に掲げる。葉の裏に、土で大きく文字を書いた。
『働いたものには、今夜の食を渡す』
『毒のない土と作物、そして綺麗な水がある』
『まずは十人、体力のあるものから』
門を叩く音が弱まり、誰かが指差す。別の誰かが読み上げる。
この世界では、識字率があまり高くないのだ。
「本当かよ……」
「嘘だろ、こんな状況で食い物があるわけが。水すらまともに飲めないんだぞ」
ざわめきが広がる。だがそれは、信じ始めた音じゃない。疑う音だ。血気盛んな連中が、また門を叩き始める。
「……はっ。どうせ罠だろ」
最前列で、鼻で笑う声がした。さっきの、「降りてこい」の男だ。
「葉っぱ一枚で、何が変わる。おい庭師、降りてこいって言ったよな。だったら——」
男は腰から鉤縄を外して、頭上でくるりと回した。冒険者の装備だ。
「こっちから、上がってやるよ!」
鉤が、城壁の縁に引っかかった。男は縄を手繰って、ひょいひょいと壁を登り始める。数千の視線が、一斉に僕の足元へ吸い寄せられる。
「ユーリさん!」
後ろで、フィオナが息を呑んだ。門の内側で、クルトの部下たちが槍を構える気配がする。
「撃たないでください」
僕は、手を上げて止めた。
男は、僕より三メートルは下の石垣にいる。継ぎ目の奥では、さっき門を抱き込ませた根が、まだ眠っている。
相手より、高い場所。足元には、僕の根。
……この間合いを選んだのは、あいつだ。
「へへ、その偉そうな面を、直に拝ませてもら——」
男の手が縁に掛かる前に、石の継ぎ目から、根が這い出した。
音もなく、足首に巻きつく。膝、腰、腕。男の身体が、ふわりと浮いた。
「な、なんだ!? おい、離せ!」
そのまま、ひっくり返す。数千人の頭上に、逆さまの男がぶら下がった。からん、と鉤縄が落ちて、群衆の足元に転がる。
しん、と静まり返った。
僕は足場の縁にしゃがみ込んで、逆さの男を見下ろした。
「草いじってるだけの無能、でしたっけ」
男の顔が、赤を通り越して紫になる。
「その草に吊られてる気分は、どうです?」
「て、てめえ……!」
どっ、と笑い声がはじけた。最初は子供、次に女達、そして男達。数千人分の笑いが、城門の前を揺らす。こんな状況で、まだ笑えるんだな、と思う。もう一人の冒険者は、青い顔で後ずさっていた。
「命までは取りませんよ」
僕は立ち上がって、群衆に向き直った。さっきまで届かなかった声が、今度は、ちゃんと届いた。
「ここのルールは、一つです。奪う人には、食事を出しません。働いた人にだけ、出します」
それから、逆さの男を見下ろす。
「それと、さっき彼女に言った言葉。あとで、きちんと返してもらいますから」
根が、ゆっくりと男を下ろしていく。群衆の手前で尻餅をついた男は、何か言い返そうとして、口をぱくぱくさせるだけだった。
群衆から、ざわめきが漏れる。
「今の、スキルか……?」
「神様は、もう誰にも授けなくなったんじゃなかったのか」
「あの庭師、奇跡の使い手かもしれねえぞ」
フィオナが、ほっと肩の力を抜いたのがわかる。
「これなら飯がもらえるっていうのも本当かもな」
「ああ、試しに行ってみるか?」
「だが、これで嘘だったらただ働きさせられたってみんなに笑われるだけだ」
「確かにな」
まだ疑いは晴れていないらしい。
その音の中で、一人が声を上げた。
「あそこに、緑があるぞ」
見覚えのある顔が、一人。クルトの部下の、ハンスだ。泥だらけの顔で、僕を睨みつけている。
「おいお前ら見ろ、本物の葉っぱだ。最近はここら一帯の植物は全滅している。だからこれは偶然じゃないかもしれん」
群衆の目の色が変わる。
「おい、庭師! 本当に食が出るのか!」
「出ます。ただし条件があります。僕の指示通りに動いてください。今日は、土作りからです」
ハンスが周囲を見回した。同僚達、そして後ろで子供を抱く女達の顔を、順に見る。数秒の沈黙のあと、彼は吐き捨てるように言った。
「……やってやるよ。腹が減って死ぬよりマシだ」
彼が一歩前に出ると、後ろから五人の男が続いた。さらにその後ろから、小柄で背筋の伸びた年配の女性と、痩せた少年が、恐る恐るついてくる。
十人には届かない。だが、最初の亀裂だ。
「クルトさん。彼らを中に入れてください。ただし、武器は預かります。疑うなら、当然です」
十五分前、僕がハンスに頼んだのは、最初の一人になってもらうことだった。半信半疑でも、一人が動けば、人は動く。
門がきしりながら、わずかに開く。
僕は足場を降りて、区画へ急いだ。ハンス達が、導かれるままに近づいてくる。一人が恐る恐る芽に触れ、その生命力を感じる。
「本当に死んでいない……」
その一言につられて、みんなが小さな葉を確かめ始める。
「その葉っぱ、食べられるように改良してありますので、食べてみてください」
そう言いながら、僕が一つ食べてみせた。甘い味が、じんわり広がっていく。やっぱりこれ、うまいな。
「これ、甘いぞ……!!」
ついてきていた一人の男が、掠れた声でつぶやく。
——その一言で、門の前の空気が、明らかに変わった。
よし、これからのことを考えると小さいが、確かに成功したな。
——後に滅びの国のガードナーと言われる男は、再びスコップを握った。
「まずは、土からだ」




