8 嘘〈神林猛〉
(ったく。家族だの夢だの)
やにわに真剣な話をしだした大人たちに対し、猛は両手をズボンポケットに突っ込んで肩をすくめた。
自分語りをするのは大人の悪いところだ、と冷たい視線を床に落とす。
猛にとって、見ず知らずの他人の内面に触れるのは初めてのことだ。
大谷と沙都子。
猛にとっては初めて見る大人であり、素性も名前も知らない。
街を歩いていたら、ただすれ違うだけの他人であり、普段だったらその考えも内情も、知らないことである。
それが、こんなエレベーターに閉じ込められたせいで吐露されている。
どうしようもなく、猛にとっては居心地が悪い。
(はぁ……まいったな)
軽くため息を吐く。
そんな彼に、ふと隼人が心配そうに声をかけた。
「大丈夫?」
上目遣いに猛を見つめる瞳。
先ほどのチョコレートと歌で、いくぶんか気持ちの余裕ができたのだろう。
純粋な視線を、猛に向けていた。
過保護に大切に育てられただろう無垢な瞳が、ざらりと猛の心を内側から撫ぜる。
ゆらりと、意地悪な炎が小さく揺れた。
「じつはさ」
小さく伝える。
「さっきのチョコ、万引きしたやつなんだ」
その言葉に隼人はきょとんとして、大谷と沙都子はハッと猛を見た。
言葉の意味がわかっていないのだろう隼人に、猛はニヒルに笑い教える。
「盗んだやつってこと」
「えっ」
「だから食べたお前、共犯だな」
「えぇ!」
共犯という言葉はわかったらしい。
驚いた隼人に「証拠隠滅サンキュ」と、猛は下品に笑った。
案の定、一番に声を大にしたのは年長者である大谷だ。
「お前、突然何を言って……!」
そういう反応がされることなんて、猛にはわかっていた。
わかっていたから、すぐにひょうきんな顔を作る。
「なんて、うっそー! やだな。本気にした?」
「……!」
大谷はぐっと息を飲んで、その大きな体を硬直させた。
作られた拳は、ぎゅっと五指を集めて戸惑うように揺れる。
それを見て猛は、顔を斜めにかしげ笑う。
「なんかシリアスな話してるから? 場を和ませてあげようとしただけじゃん」
大げさに肩をすくめて見せる。
そのバカにしたような態度が、大人にとって不愉快であることを理解してあえてやっている。
わざと大げさにケラケラと目を細め、隼人に笑いかけた。
「あはは、ビビっただろ、お前」
「う、うん」
隼人はとくに怒りもせずに、どちらかといえばほっとしたように胸をなで下ろしている。
盗みの共犯でなかったことだけが、隼人を安心させていた。
しかしそこで、ずっと黙ってやり取りを見ていた沙都子が口を開く。
「場を和ませるにはタチが悪いわね」
「そう? ごめん」
「口先だけの謝罪なら、いらないけど」
その言葉は、また猛の胸中を鋭くついた。
(口先だけだって? じゃあ……これが本当のことだったら、いいのかよ)
言いそうになって、猛は唇を噛む。
猛にだって、わかっているのだ。
本当のことだからいいだなんてことは、決してないのだと。
万引きは悪いことだ。犯罪だ。
それは猛が一番よくわかっている。
この狭い箱にいる四人の中で、一番。
「……ふん」
猛はそっぽを向く。
隼人と大谷は、困ったようにそんな彼を見ていたが、猛はそれを気づきながらも無視をした。
そう、いつだって猛は知らないふりをする。
知らないふりをしていれば、嘘がバレることなどない。
そうすれば傷つくこともないのだと──無理やり考えて。
沈黙が続く。
今日何度目になるのかわからないその静けさを破ったのは、最年少である隼人の弱々しい声だった。
「ねぇ。エレベーターって、酸素どのくらいもつのかなぁ」
小学生にしては難しいことを気にするな、と猛を含めた他三人が隼人に目を向けた。
大谷は顎をさすり答える。
「酸素って、そりゃ大丈夫だろう」
すっかり天邪鬼になっていた猛は、そんな大谷につい口を挟む。
「ドラマとか小説では、よく酸素不足で苦しくなるって展開あるけど」
「あれはフィクションだからだろ。実際は換気口とかもあるだろうし」
「え? どこに?」
猛は純粋にどこにあるのだろう、とつい天井を見上げた。
しかし、その時。
プツン、というような音が小さく鳴り、エレベーター内の電気は消えた。
あたりはたちまち、闇に覆われる。




