表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/12

2 連絡〈大谷恭司〉

 大谷恭司おおたに きょうじは焦っていた。

 齢三十八歳の彼は、この事態にもちろん自分が率先して動かねば、という責任感を感じていた。

 ぐるりとまわりを見渡す。

 そこにいるのは、若いスーツ姿の女性、目つきの悪い中学生男子、ランドセルを背負った幼い男の子。

 どう見ても年長者は、大谷だ。

 肝心の非常ボタンが繋がらないピンチだが、連絡手段はもちろん他にある。


「えっと、じゃあ携帯で連絡しよう!」

「そうね。それがいいと思う」


 同意を示してくれた女性だが、先ほどと違い、言葉遣いが少しくだけた印象だ。

 敬語を使えないあたりが最近の若者だよな、なんて大谷は考えてしまうが、自分が若かった頃のことはもちろん考えない。

 ジーパンのお尻ポケットに手を伸ばし、スマホを取り出そうとする。

 しかしそこにあったのは、潰れたタバコ箱とライターだけだった。


「あ、ない」


 しまった、と大谷は思う。

 彼はこのビル三階の一室を借りて、仕事場にしている。

 禁煙となっている室内でタバコを吸えないため、タバコ休憩はいつも、ビルの外にある喫煙所まで行っていた。

 スマホはデスクに置いてきたままだ。

 こんなことなら、階段を使えばよかったと思っても後の祭り。

 若い頃ならば平気で階段なんて上がっていたのに、最近ではすぐに息が上がる大谷は、ついエレベーターを使用してしまっていた。


(俺も、もう若くないなぁ)


 なんて、自分の年齢に憂いている大谷に女性が声をかける。


「それなら、私が連絡するわ」


 もうすっかり、敬語はどこかへ消えている。


「あ、ありがとう」


 不甲斐ない、と小さく肩を落としつつも、他の子ども二人に目を向ける。

 二人は大人のやり取りをじっと見ているが、何を考えているのかはいまいち大谷にはわからない。

 でもこの非常事態だ。

 きっと、不安で怖くて声も出せないのだろうと考える。


(大丈夫……きっとすぐに、出られるからな!)


 大谷がグッと拳を握っていたら、女性はスマホが通じたのか会話を始めた。

 狭いエレベーター内で彼女の声だけが響く。


「すみません、エレベーターに閉じ込められたのですが」


 ボタン下に書かれていた管理会社に、連絡を入れた女性。

 現在の場所の詳細を伝え、何度か相槌を打って電話越しの相手と話をする。


「え、そんなにかかるんですか!」


 突然、女性の声が大きくなった。


「……はい、はい。わかりました。なるべく早くお願いします」


 しばらくすると通話を切って、彼女は大きくため息をついた。


「どうだったの?」


 そう聞いたのは中学生男子だった。

 彼に対し女性は、人差し指を一本ピッと立てる。


「着くのに一時間くらいかかるってさ」

「え、そんなに? 何で!」


 思わずそう叫んだ大谷を、女性はじろっと睨んだ。


「知らないわよ」


 いくぶん低くなった声に、大谷の体がのけぞる。


「そ、そうだよね」


 まるで、蛇に睨まれたカエルである。

 女性より一回りもでかい図体をしているのに、大谷という男は女性よりも気が弱い。

 というか、己がいつも一言多いことを自覚しているからこそ、今の女性の反撃にしょんぼりとしてしまったのである。

 大谷には、つい最近もあったのだ。

 こんなふうに、女性から鋭い視線を向けられたことが。


──あなたは、私のことを何もわかっていないわ。私のことだけじゃない。圭介けいすけのことだって──


 かの姿を思い出して、大谷の胸が締め付けられる。

 あの時も、自分は何か余計な一言を言っていたんじゃないだろうか。

 トンチンカンな言葉で、相手の思いを汲み取れなかったのではないだろうか。

 そんな考えに胃が痛くなり、ぎゅっと目を閉じる。

 そしてうっすらと瞼を開くと、その先にはエレベーターの隅で立つ小学生の隼人がいた。

 ランドセルの肩紐を握って、少しだけ不安げな顔をしている彼と目が合う。


(圭介と、同い年くらいかなぁ)


 自分に似て、年齢のわりには体も背もでかい息子を思い出していた。

 さっきも、この男の子の視線に背中を押してもらって、緊急ボタンを押すことができたのだ。


(子どもの目ってのは、どうしてこうも眩しいんだろうな)


 大人ってのは、つまらないものだ。

 そう考えて大谷は、逃げるように隼人の視線から目を逸らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ