流行病(6)
町は暗く静まりかえっていた。
以前なら、陽気に騒ぐ労働者の声や歌声があったはずの中心部も、すっかりと息を潜めている。それはあたかも、静かに隠れて病魔をやり過ごそうとしているかのようだった。
そんな恐怖と苦しみに満ちあふれた町の中、病魔に目を付けられ、助かる手立てを求めながらも、薬が足りず、病からの苦しみと絶望と家族への申し訳なさにうめき声を上げる患者たちが集まるところがあった。教会の救護院だ。
もちろん、修道士たちは献身的に看病しているし、少ない余暇には、神に助けを求めて祈っている。
それでも、今のところ、その祈りが届く目処は立っていない。
看病についている家族たちは、心配し、絶望を隠しながらも、患者のそばを離れると、口をついてその言葉が出てくる。
「本当に薬はないのか」
「おかしいだろう。ギルドで薬草を集め始めてどれだけたっているっていうんだい」
「それに、薬師ギルドと町長のところには一人も患者が出ていないのはどういうことだろうな」
不満と疑惑は日一日と、高まっていた。
その頃、町長の家では、ゆったりとくつろいでいる男たちがいた。町長と薬師ギルドのギルド長だ。顔色も良く、不安とはほど遠い表情をしている。
「町の住人の不満の声が高まっているようですな、ギルド長」
「そうですなあ。教会もよそから増援が来たことだし、そろそろ、次の段階に進んでもいい頃合いかもしれませんなあ」
「では、明日から価格を十倍に」
「ええ。それでも皆、飛びついてきますよ」
そう言い合った二人はグフフと含み笑いを浮かべ、改めてワインのグラスを掲げた。
「私たちと私たちの家族はもう薬を飲んでいるので出血病にかからないし」
「いやあ、教会が薬を手配する前に、一気に稼ぎませんと」
町の中でそこだけが異質な空気に満ちていた。
が、不意に雷かと思うほどの大きな物音がして、辺りが急に明るく照らされた。
「な、なんだ!?」
驚きに腰を抜かしかけた二人だが、窓の外はまだぼんやりと明るく、何事かと窓辺に近寄った。
「一体なんだっていうんだ?」
光は上から降り注いでいるとわかり、二人は揃って屋根の上を見るように体をねじった。
屋根の上には何本かの筒があり、その先からシュウシュウと音を立てながら赤や緑や黄色の火花が噴き出していた。
派手に高く火花が吹き上がるその様子を呆然として見ていると、いつの間にか、音と光を不審に思った町の住人たちが家を出て集まって来ていた。
私たちの計画は上手く進んでいた。
私たちは町長宅へと忍び込むと、ねねが夏に孫と楽しもうと買い込んでいた花火を屋根の上にセットした。それに火を付けて、派手な光と音で人の目を引きつけるのがまず第一段階だ。
何事かと表に出てきた住人たちは、案の定花火に目が釘付けだ。というのも、この世界には花火は存在しないらしいのだ。
十分に人が集まったところで、私の出番だ。
「あ、町長と薬師ギルドのギルド長だ!」
マントで顔を隠して町人に紛れ、幼い子どもの声音でワイングラスを手にしたまま上を見上げている二人を指さす。
次いで、母親らしい声で続ける。
「まあ、本当に。お酒を飲んでいたのかしら?」
その声に、町人たちが窓を見て、二人の姿を確認した。
「あ、本当だ」
口々にそう言う町人たちに、焦ったように町長とギルド町はぎこちない笑みを浮かべる。
「これは、そう、今後の話し合いをしていたんだ。なあ?」
「は、はい、そうですよね、町長」
そこで、第二段階へと移行する。
シュウウウという音と共に隣の離れの屋根の上から火の玉が上がり、パンという破裂音がすると、紙製の落下傘がゆっくりと降りてくる。
「わあ! なんだあれ?」
私が男の子の声で言って走り出すと、町の子どもたちも好奇心から離れに向かって走って行く。
「あ、待て! こら!」
慌てて大人が子どもを追いかけて行く間にも、二つ目、三つ目の落下傘が降りてくる。
「ああ、まずい、あそこには──!」
「は、離れるんだ!」
町長とギルド町が叫ぶ声も、子どもや大人の声にかき消されてしまう。子どもは落下傘を拾おうと興奮し、大人は得体の知れないものを拾おうとしている子どもを止めようと慌て、大混乱になっていた。
私はニヤリとして、暗闇に姿を消した。
さあ、第三段階だ。
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