第三十四話 匿名掲示板
「……なんか最近、掲示板の裏側に紙が増えてません?」
ミーナが、ギルドの掲示板をじっと見つめながら言った。
「裏側って……ああ、あれか。“誰が貼ってるのかわからない豆知識シリーズ”な」
「そうですそうです!“温泉に卵を落とすと美味しい”とか“火薬は乾燥させると跳ねる”とか……」
「うーん、ジャンルが雑ゥ……」
その日は最近にしては珍しく、依頼が少なくて時間が空いていた。
「でも、あれ読むのちょっと好きなんですよね。なんというか……生活に役立つ、かもしれない系?」
「ライフハック好きなタイプだったかお前……」
ふと見ると、掲示板の裏に新しい紙が一枚──
『水回りの掃除には、酢を薄めた液がいいです。金属部分の錆には注意を。』
「……あ。今日も増えてますね」
しばらくすると、その下に紙が一枚貼られていた。
『いつも読んでいます。おかげで家が少しずつ片付きました。ありがとうございます。(チラ裏2号)』
「……おお?」
「……なんか、感謝の返信入ってない?」
その翌日、さらに追加の一枚が──
『もしよろしければ、“暮らしの豆知識集”として出版してみませんか? 連絡は不要です。この掲示板に週末までに“YES”と書いていただければ、こちらから進めます。(チラ裏3号)』
ゴルザンが腕を組みながら唸った。
「……ついに編集者まで現れたか」
「え、何それ。掲示板ってそんな可能性あるんですか?」
「匿名掲示板だからって、やることがデカくないか……?」
週末、ふたたび掲示板の裏を見ると──
『YES』
の三文字だけが、丁寧に書かれた紙が貼られていた。
「……決まったみたいですね」
「交渉成立か。誰も来てねぇのに」
「えっ、じゃあ依頼者、誰も面談してない……?」
「まあ、ギルドの張り紙だからな。たまにはこんな“顔の見えない斡旋”もあるってことだ」
──それからしばらくして。
町の書店に、一冊の本がひっそりと並んだ。
そのタイトルは、こうだった。
『暮らしのチラ裏 ──豆知識と、ときどき優しさ──』
著者欄は、ただ一言。
『匿名』




