第三十二話 ブランクは埋められないけれど
「ゴルザンさんって、育児経験あるんですか?」
「ねぇな。たぶん想像以上にすげぇぞ、あれは」
「何を根拠に……」
「昔、一日だけ甥っ子預かったんだよ。半日で俺のメンタルが半壊した」
「それは、うん……育児の凄さ、ちょっとわかった気がします」
カララン、と鈴の音が会話を遮った。
「失礼します。本日、面談の予約をしていた者です」
現れたのは、穏やかな雰囲気をまとった女性。
年の頃は40代前半、落ち着いた目元に、少しだけ緊張の色が見えた。
「エリナ=ベレッタと申します。医療受付をしていたのですが、子育てのために10年ほど離れていまして……そろそろ、復職を考えていて……」
ミーナは丁寧にうなずきながら、履歴書に目を通す。
「受付歴も長いですね。患者対応から、スケジュール管理、書類作成まで──」
「はい。ただ……正直、医療の現場は日々変化していますし、ブランクが長いと、もう追いつけないかもしれません」
「でも、子育ても長く続けてこられたんですよね?」
「ええ。二人、下の子も今年から大学です」
「それって、すごいことだと思います」
「……でも、何か役に立つんでしょうか」
そこで口を挟んだのはゴルザンだった。
「立つさ。子育てで鍛えられるスキルってのは、現場の実務以上に“人を見る目”と“根気”が養われる。特に、今の若いのを導くにはうってつけだ」
「導く……?」
「ある施設から、子どもの生活支援員を探してるって話が来ててな。養護福祉施設の仕事だ。医療的な理解も必要で、親代わりに接することも多い」
ミーナがパッと顔を上げた。
「まさに、エリナさんにぴったりじゃないですか!」
「え……でも、私にできるんでしょうか……?」
「できますよ! 子どもを育てたお母さんが、他の子にも手を差し伸べる。すっごく素敵だと思います」
エリナは少し戸惑いながらも、目元がゆるんで、静かに笑った。
──数日後。
養護福祉施設にて、彼女はすでに子どもたちに囲まれていた。
「ブランクがあるからって、すべてがゼロになるわけじゃないんですね」
報告書を読み上げながら、ミーナが呟く。
「むしろ、積み上げてたからこそ、今の自分になれたってことだな」
「……なんか今日、ゴルザンさんがちゃんとしてます」
「言い方に棘があんぞ、ミーナ」




