第二十九話 ただ誠実なだけ
「今日の面談予約、時間きっちりですね」
「名前からして几帳面そうだったからな」
カララン、と扉の鈴が鳴る。
入ってきたのは、整ったスーツ姿の男性。
姿勢も正しく、柔らかな表情で丁寧に一礼した。
「はじめまして。本日はお時間いただき、ありがとうございます。ヴァン=トレーグと申します」
「こちらこそ、ようこそラストリーフ支部へ!」
ミーナがぱっと立ち上がる。
──その後のやりとりは、驚くほどスムーズだった。
受け答えも礼儀正しく、言葉遣いも完璧。
職歴にも穴はなく、ひとつひとつの任務を着実にこなしていた。
「これは……すごく真面目な方ですね!」
ミーナが資料を見ながら感嘆の声を上げる。
「これまで、受付、記録整理、商材補佐、警備補助……多岐に渡っていますね」
「はい。求められたことは、できる限り真摯に対応してきました」
「では、今回の転職理由は?」
「条件です。前職より給与が上がり、勤務環境が整っていれば」
「なるほど……やりたい職種、というよりは……」
「はい、特に希望はありません。必要とされるのであれば、どの職場でも力を尽くします」
ミーナは一瞬だけ言葉を失った。
「……すごく、いい方ですよね」
その一言に、ゴルザンが低く呟く。
「“ただ誠実なだけ”だな」
「え……?」
「仕事はきっちり、ミスもない。でも、どれにも“自分”がねぇ。
誰のために、何をしたいか──そういうのが、一切見えてこねぇ」
「でも、それって悪いことじゃ……」
「悪くはねぇよ。ただ、“誰でもいい”って言ってるやつに、任せたいことって限られてくるもんさ」
──数日後。
ヴァン=トレーグは、中央区にある一般事務職に就いた。
受付と記録整理。定型業務を、誰よりも正確にこなす優秀な職員として評価された。
……そして、さらに数週間後。
再び、ギルドの扉が開く。
「ご無沙汰しております。また、求人を拝見させていただいても?」
「……ええ、どうぞ」
ミーナは、いつものように笑って案内した。
──その後ろで、ゴルザンは煙草の火をゆっくり揉み消した。
「“自分で選ばねぇやつ”は、何度でも同じ場所に戻ってくるもんさ」
誰に向けたでもないその言葉は、帳簿のページをめくる音に紛れて、静かに消えていった。




