第二十七話 口調の優しい悪鬼
「ミーナ、お前、伝説って信じるか?」
「いきなりどうしたんですか。えっ、都市伝説的なやつですか?」
「いや、ガチ伝説の方。……“リグドスラムの血濡れの悪鬼”って知ってるか?」
「な、名前が……すごく物騒ですね……」
「だろ? そいつが今、こっちに来てる」
「ひっ」
カララン。
扉が開いた瞬間、ギルド内の空気が張り詰めた。
──黒髪に白の混じる長髪、鍛え上げられた肉体、淡々とした無表情。
彼の姿が見えただけで、なぜか隅の職員が書類を落とした。
「ご紹介にあずかりました、“マール=ザラクト”と申します。お時間、いただき感謝いたします」
──声は、やけに丁寧だった。
「本日は、転職相談で伺いました。そろそろ“次の役割”をと考えておりまして……」
「マール……ザラクト……」
ミーナが資料をめくる手を止める。
“リグドスラムの血濡れの悪鬼”──それはかつて、戦乱の傭兵市場で名を馳せた伝説の剣士。
戦争を渡り歩き、屍山血河のなかを生き抜いてきた男。
「現在は、冒険者としての契約を終了し、日々の鍛錬と瞑想を主として過ごしております」
「お、おだやかですね……」
「はい。最近は、陶芸も始めました」
「趣味も平和っ……!」
しかし──
マールが、静かに資料を差し出したとき。
その指先の動き、視線の流し方、瞬きの間……
──ギルド職員が3人、同時に息を飲んだ。
「……こ、こいつ、“殺気の消し方”が職人のそれ……」
「違う……“消してる”んじゃない。“沈んでる”んだ……」
「まさか、こんな伝説が実在していたとは……」
周囲がざわつくがマールは気にしていない様子だった。
「えっと、お話を伺いますと……“次の役割”とは、どういった方向性を?」
「そうですね……後進の育成や、矯正指導の分野に興味があります」
「矯正……というと?」
「はい。いわゆる、“更生施設”ですね。刑務ギルドや、規律指導担当など。
“無茶な若者”が好きでして」
「刑務ギルド……」
「……ぴったりですね」
ゴルザンがぽつりと呟いた。
「マールさん。あんたが何をしてきたか、正直俺には計り知れない。
けど、“やばいやつほど冷静”って、あんた見てると納得いくわ」
「過去は過去。今は、未来のためにあります」
「……言うこともイケてるな」
──数日後。
マール=ザラクトは、刑務ギルドの更生指導役として配属された。
彼の担当する教室では、問題児たちが静かに机に座り、素直に“発声練習”をしているという。
「“本日の挨拶担当は、ラウド=キーンくんです”」
「うっす! ……えっと……“昨日のことは反省し、明日の自分を律する”……っス」
「いいですね。少し語尾が強いですが、気持ちは伝わりました」
「……伝説すぎる」
「伝説が、今、教育してるんですよ……」
「……伝説も、丸くなるんですね」




