第二十二話 目標は生涯現役
「そういえばゴルザンさんって、おいくつなんですか?」
書類をまとめていたミーナが、ふと唐突に問いかけた。
カウンターの向こうでマグを傾けていたゴルザンの手が、ぴたりと止まる。
「……いつにもまして唐突だな。
今年で三十六。……もう人生も半分すぎたな」
「えっ(私、今年で……)」
「履歴書で知ってるから言わなくていいぞー」
ミーナがほっぺをふくらませたちょうどそのとき、
カララン、と入り口から音が鳴った。
「おはようさん。求人出しに来たんだけど、いいかい?」
やってきたのは、背筋のしゃんと伸びた年配の女性だった。
白髪混じりの髪をまとめ、やや色あせた冒険者風のコートを着ている。
背中には大きな編みかご。中には薬草や手作りの干し果物が詰まっていた。
「もちろんです! あの、こちらにご記入を──」
ミーナがいつものように登録用紙を差し出しかけたところで、女性は首を振った。
「……いやね、そうじゃないのよ。
誰かを雇いたいわけじゃなくて、何か仕事ないかって相談に来たの」
「求人……じゃなくて求職ですね。もちろん対応できますよ」
ミーナがにっこりと微笑む。
が、彼女はどこか申し訳なさそうに言った。
「でもね、年寄りのくせに働きたいなんて、変に思われるでしょ。
“もう引退してもいい年齢”って、何度も言われたのよ」
「年齢じゃねえ。働く理由があるかどうかだ」
ぽつりと挟んだゴルザンの言葉に、女性の目がわずかに潤んだ。
「……そう言ってくれただけで、もう充分ね。
でもあたし、ほんとうに働きたいのよ。
今はもう、子供たちも独立してて、どこにも“居場所”がなくってね。
誰かの役に立つことが、まだ……したいの」
「わかりました。条件などを整理して、合いそうなお仕事を探してみますね!」
ミーナは目を輝かせて、ペンを走らせ始めた。
その後ろで、ゴルザンは静かに言った。
「年齢も立場も全部関係ねえ。
“やりたい”って言える気持ちが、いちばん現役だよな」
ヒアリングを進めていくうちに、女性の経歴が少しずつ明らかになった。
彼女はもともと、地方の村で来訪者の案内役をしていたという。
薬草の知識や地形の理解に加え、村の言い伝えや民話にも詳しい。
小さな宿や村の祠の説明、旅人の案内などを長年こなしてきた。
「観光案内人、みたいなものですね。すごいです」
「大したもんじゃないよ。誰もやらなくなったから、気づいたら“あたしの仕事”になってただけで」
彼女は、どこか照れたように笑った。
「……でも、歳には勝てないの。
あたしがいくらやる気出しても、
“もう無理はしないでください”って言われちゃってね。
そりゃそうよね、いつ転ぶかもわからない年齢だもの」
「体の衰えって、確かに誰にでも……」
ミーナがそっと呟くと、女性はゆっくりと首を横に振った。
「……体の衰えは、誰にだって平等に来るさ。
でも、“やりたいこと”まで諦める必要はないじゃないか。
あたしはまだ、動ける。だったら、動いていたいんだよ」
その言葉に、ゴルザンの口元がふっと緩んだ。
「……いいセリフだな。俺が言ったことにしていいか?」
「ふふっ、何言ってんだい。だめだよ」
最終的に彼女は、近隣都市の“地域案内ギルド”のサポート職に斡旋された。
旅人向けの体験ツアーの補助や、昔話講座、薬草ガイドなど、
“前線”ではなく“案内役”として、その知識と人柄を活かす場所が見つかったのだ。
「体は昔ほど動かなくても、“心”が動いていれば、まだまだ現役ってことですね」
「ミーナも名言言うようになったな。おばあちゃん枠に片足突っ込んでんのか?」
「なってません!!」
その日、ギルドを後にする女性の背中は、年齢を感じさせないほど軽やかだった。




